113話 盟友の対話:愛がもたらした奇跡
王宮の晩餐会が始まる直前。私的な応接室での涙の和合を経て、家族たちが身支度を整えるわずかな合間、国王アーサーと辺境伯カイルは、バルコニーへと続く静かな回廊で二人きりになった。
夜風が、王都の灯火の香りと共に彼らの頬を撫でる。
二人は並んで立ち、月明かりに照らされた王宮の庭園を眺めながら、これまでの激動の日々を噛み締めるように口を開いた。
「……ようやく、この静寂を手に入れたな、カイル」
沈黙を破ったのはアーサーだった。彼の燃えるような金髪が夜風に揺れ、深い蒼の瞳が、窓越しに見えるリリアとアリアの姿を愛おしげに追っている。
カイルは、漆黒の髪をかき上げ、黒曜石の瞳を細めた。
「ああ。正直に言えば、これほどまでに穏やかな夜を迎えられるとは、北の地で一人戦っていた頃には想像もしていなかった」
カイルの声には、かつて冷徹な呪われた辺境伯と呼ばれた面影はなく、一人の夫、一人の父としての柔らかな響きがあった。
「思えば、始まりは地獄のような混乱の中だった」
アーサーが、自嘲気味に笑う。
「前国王の呪縛、王宮を覆っていた陰謀、そして…リリアもアリアも、本来ならその輝きを奪われ、道具として使い潰されていてもおかしくない、そんな瀬戸際だった。二人自身の努力もだが、リーゼンバーグ、ローゼンベルク家が王家によって流した血があまりに多すぎる………」
カイルは、回廊の柱に背を預け、頷いた。
「……そうだな。王家の呪いについては許されることではない。だが、もう私はその呪いを解呪している今、遺恨はない。むしろこの呪いがあったからこそ、アリアと出会えたのだから。」
アリアがリーゼンバーグ領へやってきた日のことを、今でも鮮明に覚えている。白銀の髪に赤紫〜ピンク色に移ろう瞳に孤独をたたえた小柄で痩せ細った体。
アリアがいつしか私の凍てついた心を、すべて溶かした。
彼女がいなければ、私は今でも行方不明だったルナやテオを探すことも、こうして誰かを愛することもなく、ただ領土を守るだけの、愛を持たぬ生ける屍として果てていただろう。
カイルの瞳に宿る黒曜石の色彩が、熱を帯びる。
「アーサー。私は、彼女から家族をもらった。一人きりで背負ってきたローゼンベルクの名に、ルーカスやアイリスという未来の光を灯してくれたのは、紛れもなくアリアだ。彼女が私の隣にいてくれることが、今の私にとって唯一無二の救いなのだ」
その言葉を受け、アーサーもまた、深い感慨を込めて応えた。
「リリアも同じだ。王妃という、ともすれば孤独で峻烈な立場。それを彼女は、清廉な銀色の瞳でこの国の秩序を照らし、私の弱ささえも包み込んでくれた。リリアがいなければ、私はただ王冠の重みに押し潰されるだけの、色褪せた王になっていたに違いない」
アーサーは窓を背にし、カイルへと向き直った。
「我々は、英雄でも何でもないのかもしれない。ただ、あの美しく気高い姉妹に愛され、選ばれたことで、人としての幸せを知った幸運な男たちだ。彼女たちがこれほどまでに深い和合を成し遂げた今、我々にできるのは、その笑顔を永遠に守り抜くことだけだな」
カイルは、カフスを整え直し、薄く微笑んだ。
「ああ。リーゼンバーグとローゼンベルク、そして王家。これほどまでに複雑に絡み合った糸を、彼女たちは愛という魔法で一つの美しい円環に編み上げた。我々はその舞台を支え、次代の子供たちが自由に駆け回れる世界を維持し続ける義務がある」
ふと、部屋の中からアイリスとルーカスの笑い声が聞こえ、それに呼応するようにエドワード王子の無邪気な声が響いた。
二人の男は視線を交わし、力強く頷き合った。
そこにあるのは、国王と臣下という立場を越え、
それぞれが愛する者を守る夫として共有する、
揺るぎない魂の連帯であった。
「行こう、カイル。我々の誇り高き妻たちが待っている。そして、新しき王国の始まりを祝う晩餐へ」
「承知いたしました、陛下。……いや、義弟よ」
二人の色彩が月光の下で混じり合い、足取りも軽く、家族が待つ黄金の光の中へと進んでいった。




