108話 リーゼンバーグ家家族の邂逅
重厚なローゼンベルク城の正門が、地響きを立てて開かれる。吹き込む冷たい北風を裂いて、漆黒の髪をなびかせた現当主ゼノが、守るようにして両親と弟を城内へと導いた。
馬車が止まり、開かれた大きな扉の先――城のエントランスホールに、カイル、アリア、そして祖母マリアが立っていた。
「……アリア! お義母様!!………本当に……本当に申し訳ございませんでした」
母ロザリアが震える声で叫び、アリアの傍に行くこともできず立ち止まった。
もうどうやって接していいのかこの長い年月で忘れてしまうほどに自分が演じてきた悪い母親でしかいられない、そのもどかしさがあった。
数年間の幽閉を経て、ようやく叶った母娘の対面。アリアはそんな母にそっと近付き、戸惑いがちに母の手を取り、その温もりを噛み締めていた。
「……お母様。」
「……アリア。アリアの手は…こんなにも…温かかったのね」
「……お母様も。とっても温かい。ずっとずっと…こうしてお母様に触れたかったの」
「あぁ!アリア……私もあなたをこうして、こうしてどれだけ抱きしめたかったことか!本当にごめんなさい」
そうして二人はこれまでを埋めるようにきつく強く抱きしめ合った。
ふと母の肩越しに、一人の若い男の姿を捉えた。
それは、兄ゼノの背を追うほどに背が伸び、父譲りの漆黒の髪をなびかせた弟、ガイアスであった。
アリアは母をしっかりと受け止めたまま、一歩前に出たガイアスを見つめる。
「……姉さま」
ガイアスの声は、変声期を終えつつある少年の清らかな響きの中に、確かな重みを湛えていた。10歳で姉を見送ってからの8年間、混迷する家の中で両親の支えとなり、若くして当主となった兄を支え続けてきた彼は、もはや一方的に守られるだけの存在ではない。
「ガイアス。……随分と立派になったわね」
アリアがその成長を眩しそうに見つめると、ガイアスは父と同じバイオレットの瞳を静かに光らせ、自らの足で一族を支えてきたという自負を込めてアリアを見つめ返した。
姉が聖女として開花し、これまでの理不尽な汚名を雪いだことを知る彼は、その手に、自分がこれからの家族を守っていくという静かな誓いを宿している。
一方、エルヴァンは、母マリアの前に跪いた。
かつて野心のために母の教えを背き、娘を道具のように扱った罪。その重さに、エルヴァンは言葉を紡ぐことさえできずにいた。しかし、マリアは何も言わず、ただ震える息子の肩に、温かな掌を置いた。
「……よく、戻りましたね」
その一言に、エルヴァンの肩が激しく揺れた。かつてエルヴァンとロザリアが純粋に愛し合い、家族の幸せだけを願っていた遠い日々の記憶。
その光を失わせたのは、紛れもなく自分自身であったと、エルヴァンは母の膝元で、長きにわたる贖罪の涙を流した。そしてまたマリアもエルヴァンに対し懺悔を捧げるのであった。
ロザリアは、アリアを抱きしめたままマリアに歩み寄る。
「お義母様っ」
涙ながらに呼びかけるロザリアを、マリアは静かに微笑み、二人を包み込むように抱きしめた。
全てを見届けたゼノがアリアに近付く。
「アリア…俺は…すまなかった」
「いいえ!お兄様!お兄様が私を気にかけて下さっていたのは知っています。家族をこの地に連れてきて下さって本当にありがとうございます」
2人はその後黙って手を握りおたがい見つめ合った。
もうそれだけで心が十分通じ合えたのだ。
漆黒の髪をなびかせる兄弟たち――現当主ゼノ、長女アリア、そして一族の未来を担う弟ガイアス。
色彩の異なる瞳を持つ三人が、かつての罪を背負う両親と、それを見守り続けた祖母を囲むようにして輪を作る。エントランスは、弟ガイアスがもたらした頼もしい勇気と、ゼノが当主として導いた家族再生の意志、そして全員が血の巡りを感じる喜びによって、真の安息の地へと変わっていった。
この時、一族の血と愛が再び巡り始めた。それは、長きにわたる贖罪の冬が終わり、家族という名の春が訪れたことを告げる、痛切なまでに美しい再会の儀であった。




