↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宵待保育園 真夜中の運動会  作者: もちむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/12

第十章 できた話

# 第十章 できた話


「ここで、休憩を取ります」


 白銀先生の声が、運動場へ響いた。


「お食事を済ませてください。最後の団体競技は、休憩のあとに行います」


 その声を聞いた瞬間、きゅうが鞄へ向かった。


「早いな」


 悠斗が言う。


「今度は、取らなくていいから」


「何を?」


「ご飯。吊られてない」


 きゅうは弁当箱を持ち上げた。


 自分のものだと確かめ、母親の隣へ座る。


 親たちが敷いたシートには、いくつもの弁当が並び始めていた。


 大きな重箱。


 小さな丸い容器。


 布で包んだおにぎり。


 蓋が開くたび、子どもたちが顔を寄せた。


 大河の父親の弁当は、膝へ載せると机のように見えた。


「でかいですね」


 悠斗が言うと、父親は蓋を持ち上げた。


「二人分です!」


 中には、大きなおにぎりが並んでいる。


 その端に、小さなおにぎりが三つあった。


 大河は小さい方を一つ取った。


「お父さんのも食べる?」


「食べない」


「そうか!」


 父親は自分の分を持ち上げた。


 大河のおにぎりが、さらに小さく見えた。


     ◇


 悠斗も鞄から弁当を出した。


 深雪が、出かける前に持たせたものだった。


 蓋を開く。


 白いご飯。


 卵焼き。


 唐揚げ。


 いつもの弁当だった。


「先生、食べる?」


 小吉が覗き込む。


「俺の弁当だからな」


「いつも食べない」


「今日は走ったから食う」


 悠斗は卵焼きを口へ入れた。


 その隣へ、こはくが座る。


「今日、先生が三人いた」


「俺は一人だ」


「私と、荷車の前の先生と、観覧席の先生」


「荷車の前と観覧席は、移動した俺だよ」


 こはくは箸を止めた。


「じゃあ、二人」


「お前が化けてたときだけな」


 小吉がこはくを見る。


「耳、なかった」


「尻尾も」


 こはくの二本の尻尾が持ち上がる。


「今はある」


「今は私だから」


 こはくは当然のように答え、弁当へ向き直った。


 悠斗は唐揚げをつまみながら、その横顔を見た。


     ◇


「こはくちゃん、いつから両方消せるようになったの?」


 きゅうの母親が尋ねた。


 こはくの母親が首を横に振る。


「私も、今日初めて見たんです」


「まあ」


「家では、片方の耳だけ消して見せてくれたりしていたんですけど」


 母親はこはくを見た。


「耳も尻尾もなかったから、本当に先生が二人に見えました」


「私も、どちらへ声をかければいいか迷いましたよ」


 めめの父親が笑う。


 こはくは食べながら、少し背筋を伸ばした。


「めめちゃんも、三つとも色が合っていましたね」


 こはくの母親が言った。


 めめの母親がうなずく。


「あんなに離れた場所へ、一人で行って確かめられると思っていなくて」


「最後の玉も、ちゃんと運んでいましたよ」


 小吉の母親が加わった。


「終わったって言われても、まだ一つあるって」


 めめが顔を上げる。


「青、残ってたから」


「うん。覚えていたね」


 めめは弁当のミニトマトを見た。


 少し近づける。


「これは赤」


「正解」


 悠斗が答えるより先に、何人もの親がうなずいた。


 めめは笑い、トマトを食べた。


     ◇


 いわおの父親が、大河の父親へ顔を向けた。


「大河君の声は、ここまでよく聞こえましたね」


「はい!」


 父親が答えた。


 大河がおにぎりを持ったまま、肩を縮める。


 父親は咳払いをした。


「……聞こえました」


 今度は少し小さく言う。


「家でも、呼べば聞こえるんですが。あんなに人がいるところで、離れた先生を呼べるとは」


「呼んだら、本当に来てくれたものね」


 ことの母親が言った。


 大河がうなずく。


「すぐ来た」


「すぐすぎたけどな」


 悠斗が言う。


 夜久園長は少し離れたところで、弁当を広げていた。


 普通に箸を持ち、普通に食べている。


 さっき見たものを思い出すと、余計に変だった。


「園長、食べるのは普通なんですね」


「どう食べればいいんですか?」


「いや、そのままでいいです」


 大河が小さく笑った。


 父親は息子の顔を見てから、いわおへ目を向ける。


「いわお君も、最後まで押せたな!」


「うん」


「小吉君と一緒に、ちゃんと帰ってきた」


 いわおは小吉を見た。


「小吉君が、旗を見たから」


「いわおが押したから」


 小吉も答える。


 親たちは二人を見て笑った。


「途中で相談していたのね」


「先生が止まれって言った」


 小吉が悠斗を指す。


「止まらなかったら、駐車場で弁当を食うことになってたぞ」


「お母さん、いた」


「だから、そっちへ行くなって言ったんだよ」


 小吉の母親が、口元を押さえて笑った。


 小吉はその隣で、自分の弁当を食べ続けた。


     ◇


 ことは母親に手伝ってもらいながら、柔らかい団子を食べていた。


「ことちゃんも、ぐるっと一周できたね」


 めめの母親が言う。


 ことが顔を上げる。


「あるいたぁ」


「うん。みんなの前で」


「さいご、んむぅ」


 前足を口元へ寄せた。


 悠斗は箸を止める。


「そこは、今度は止まらず帰ってこい」


「あしたはぁ」


「今も始めるな」


 母親が、ことの口元へそっと手を添えた。


「お団子、もう一つあるよ」


 ことの目が団子へ向く。


「たべるぅ」


 悠斗は、ゆっくり箸を弁当へ戻した。


「休憩まで全力だな」


 きゅうの母親が笑った。


「きゅうも、最後まで走りましたしね」


「キュウリなら勝ってた」


 きゅうが、弁当を食べながら言った。


「はいはい。それはもう聞いた」


 悠斗が答える。


 親たちが笑う。


 きゅうは何も気にせず、次のおかずを取った。


     ◇


 悠斗は水筒を持ち、少し後ろへ座り直した。


 子どもたちの向こうに、得点板が見えた。


 瑞雲には、印が並んでいる。


 宵待には、一つもない。


 ここへ来る前は、一つくらい勝たせてやりたかった。


 競技の組み合わせを見たときは、腹も立った。


 今でも、旗の位置くらい近くていいだろうと思う。


 けれど、誰も得点板を見ていなかった。


 親たちは、今日見た子どもの話をしている。


 自分の子の話だけではない。


 こはくの耳が消えたこと。


 めめが色を確かめたこと。


 大河が先生を呼んだこと。


 いわおと小吉が、途中でやり方を変えたこと。


 ことが一周歩き、きゅうが最後まで走ったこと。


 誰かが話すたび、ほかの親も身を乗り出した。


「あそこ、私も見ていました」


「あのとき、こんな顔をしていたんですよ」


 カメラの画面が、一人から次の一人へ渡っていく。


 子どもたちは、話に加わったり、隣の弁当を見たりしていた。


 悠斗はノートを取り出した。


 今日つけた丸を、順に見る。


 どの丸にも、見ていた親がいる。


 聞いていた子どもがいる。


「悠斗先生」


 小吉が呼んだ。


「何だ?」


「食べないの?」


 弁当箱には、ご飯が残っていた。


「食うよ」


 悠斗はノートを閉じた。


 ご飯を口へ入れる。


 隣で、こはくがめめへ自分の写真を見せていた。


「これ、私」


「先生」


「先生になった私」


「ややこしいな」


 悠斗が言うと、二人とも笑った。


     ◇


 まだ食事をしている子どもたちのところへ、白銀先生が来た。


「最後の競技について、ご説明します」


 子どもたちが顔を上げる。


 運動場では、職員たちが大きな箱を運んでいた。


 箱から、色のついた板や、大きな積み木が出てくる。


 丸い部品。


 三角の部品。


 長い棒もあった。


「両園の園児全員で、家を作っていただきます」


「家?」


 小吉が立ち上がった。


「指定の場所へ材料を運び、組み立てます。屋根と壁ができたら、最後に全員が中へ入ってください」


 白銀先生が競技表を開く。


「七人全員が入れることを確認して、完成とします」


「大きい家」


 小吉が言った。


 いわおも材料を見ている。


「入口、いる」


「ええ。全員が出入りできる入口も必要です」


 こはくが身を乗り出した。


「窓は?」


「作ってかまいません」


「丸いの、あるぅ」


 ことが箱を指した。


 めめは眼鏡を押し上げ、板へ顔を向ける。


「黄色、ある」


 きゅうが立ち上がった。


「運ぶの?」


「そうです。材料は軽いものですが、一度に持ちきれなければ、何度でも取りに戻れます」


 大河が、家を作る白い枠を見た。


「遠い」


 材料置き場からは、少し離れている。


「開始の合図までは、材料に触れないでください。では、休憩のあとに」


 白銀先生は競技表を閉じ、次の観覧席へ向かった。


 小吉は材料の箱をしばらく見ていた。


 母親が弁当箱を持ち上げる。


「小吉、おにぎりが残ってるよ」


 小吉は自分の場所へ戻った。


 両手でおにぎりを持ち、かじる。


「大きい家、作れる?」


 きゅうが隣から聞いた。


 小吉は口の中のご飯を飲み込んだ。


「作れる」


「ぼくも入る」


「みんな入るんだよ」


「先生は?」


 きゅうが悠斗を見た。


「競技はお前ら七人だろ」


「先生、外?」


「外で見てる」


 小吉は悠斗の脚を見た。


 それから、弁当へ目を戻す。


「先生、長いから」


「さっきは横に広いって言ってたくせに」


 小吉はおにぎりをかじり、聞こえないふりをした。


 いわおが、母親たちの回していたカメラを覗き込んだ。


 画面には、赤い玉が写っている。


 その下から、二人分の足が出ていた。


「これ、ぼくの足」


「こっち、ぼく」


 小吉もおにぎりを持ったまま顔を寄せる。


 めめが近づいた。


「赤い玉」


「そう。めめちゃん、こっちにも写真があるよ」


 こはくの母親が画面を切り替えた。


 荷車が二台、並んでいる。


「耳、見ないで」


 こはくがすぐに言った。


「写真でも駄目なのかよ」


 悠斗が笑う。


 大河も覗き込み、口元を緩めた。


 ことは団子を食べ終え、母親の隣へ身体を寄せている。


 親たちの話は、また今日の競技へ戻っていった。


 あのとき、こうだった。


 ここから見ていたら、こう見えた。


 子どもが横から訂正すると、みんなで笑った。


 悠斗の弁当には、唐揚げが一つ残っていた。


 箸を伸ばす。


 隣から、こはくが覗き込んだ。


「先生、最後の一個」


「俺が食べるぞ」


「分かってる」


 悠斗は唐揚げを口へ入れた。


 運動場では、家作りの材料が少しずつ並べられている。


 観覧席では、空になった弁当箱が重ねられ始めた。


 もう少しだけ、休憩は続いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。