↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
44/50

第44話 誰の土地でもないところ

 峠に着いたのは、四月の六日だった。


 一日、遅れた。街道の途中で雨に降られて、半日足止めされたせいだ。


 着いてみると、遅れたのは私だけではなかった。


  *


 両国の関所のあいだは、思っていたより広かった。


 こちら側の関所から、向こう側の関所まで、歩いて四半刻ほど。道の両側が、少し開けている。昔は牧か何かだったのだと思う。石を積んだ囲いの跡が残っていた。


 そこに、天幕が張ってあった。


 三つ。


 等間隔に、三角形に。


  *


「オルデン嬢」


 軍の方が、こちらへ歩いてこられた。


「お待ちしておりました」


「遅れまして」


「みな遅れております。雨で」


 その方は、天幕のほうを指された。


「三日前に、三方とも着きました。同じ日でございます」


「……同じ日に」


「ご指定でしたので」


  *


 三方は、三日、この場所で待っていたことになる。


 待つあいだに、話をなさっただろうか。


「三日、何をしていらっしゃいましたか」


「天幕を張りました」


「それから」


「それから、動かないようにしておりました」


 その方は、少し笑われた。


「三方とも、同じことを考えました。先に話を始めると、あとであなたに叱られる」


  *


 私は、天幕の配置を見た。


 三角形の中心が、空いている。


 その空いたところに、卓がひとつ置いてあった。屋根はない。


「あれは」


「合議の卓でございます。三方の真ん中に置きました」


「屋根がございません」


「ございません」


 軍の方は、そう仰った。


「屋根をどこの天幕から出すかで、揉めました」


  *


 私は、その卓のところへ歩いていった。


 粗い板で組んだものだ。天板が反っている。急ごしらえだとわかる。


 卓の脚のところに、石が四つ噛ませてあった。地面が傾いているので、水平を出したのだと思う。


 石を見た。


 東の石切場の石ではない。この峠の、そのへんの石だ。


  *


「屋根は、要りません」


 私は、そう申し上げた。


「よろしいのですか。雨が降りましたら」


「降りましたら、その日は終わりにいたします」


「終わりに」


「はい。雨の日は、書けませんので」


 軍の方が、こちらを見られた。


「書くのですか」


「書きます」


  *


 その日の夕方、三方の代表が卓に集まった。


 軍の方。財閥の若い方。教会の司祭。


 三人とも、三日前と同じ顔で、少し痩せていらした。天幕暮らしは、そういうものだと思う。


 私は、卓の端に立った。


 座らなかった。座ると、四人目になる。


  *


「明日から、はじめます」


 三人が、頷かれた。


「先に、進め方を申し上げます。三つでございます」


「またみっつでございますか」


 財閥の方が、そう仰った。


「三つが、いちばん覚えやすうございますので」


  *


「ひとつ。ひとつの議題について、三方が順に仰ってください。順は、日ごとに変えます。今日は軍、財、教会。明日は財、教会、軍」


「なぜ変えるのです」


「最初に仰る方が、いちばん強うございますので」


 軍の方が、頷かれた。


  *


「ふたつ。決まったことは、その場で書きます」


 私は、鞄から紙を出した。


「わたくしが書きます。書いたものを、三方に読み上げます。読み上げて、三方それぞれに、違わないか、とお伺いします。三方とも違わないと仰ったら、それを三通、同じ字で写します」


「同じ字」


「はい。三通とも、わたくしが書きます。写す者が違うと、字が違います。字が違うと、後で違うものだと言われます」


  *


「みっつ。決まらなかったことも、書きます」


 三人が、顔を上げた。


「決まらなかったことを」


「はい」


「なぜでございますか」


「決まらなかったことが残っておりませんと、次に集まったときに、また最初から始めることになります」


 私は、そう申し上げた。


「決まらなかった、とだけ書いておけば、次はそこから始められます」


  *


 教会の司祭が、少し身を乗り出された。


「次、と仰いましたか」


「はい」


「次があると」


「ございませんと、困ります」


 私は、卓の上を指した。


「十日で、全部は決まりません。三十件も出れば、決まるのは十件でございましょう。残りの二十件を、決まらなかったと書いて残します」


「……残して、どうなさいます」


「次の合議で、そこから始めます」


  *


「次の合議は、いつでございますか」


「存じません」


「では、いつ開くのでございますか」


「みなさまがお決めになります」


 私は、頭を下げた。


「わたくしは、今度だけでございます」


  *


 三人が、それぞれの顔を見合わされた。


 軍の方が、口を開かれた。


「今度だけ、とは」


「立ち会うのは、今度だけでございます」


「次は」


「立ち会いません」


「では、次は誰が」


 私は、そこで少し間を置いた。


「書記を、三人置いてください」


  *


「三人」


「三方から、ひとりずつ。三人で同じものを書いていただきます。書いたものを、三人で突き合わせていただきます」


「三人で書けば、字が違いますが」


「違います。ですので、突き合わせます」


 私は、そう申し上げた。


「わたくしがひとりで書きますと、正しいかどうかを確かめる者がおりません。三人で書きますと、三人が互いを確かめます」


  *


「……それは、あなたがいらっしゃらなくても」


「回ります」


「本当に」


「回らない日もございましょう。三人が三通り書いて、揉める日も」


 私は、そこで頭を下げた。


「揉めましたら、揉めたと書いてください」


  *


 しばらく、誰も何も言わなかった。


 風が出てきた。峠の風は、下より冷たい。天幕の布が、ばたばた鳴っている。


 やがて、財閥の方が仰った。


「オルデン嬢」


「はい」


「あなたは、いらなくなろうとしていらっしゃいますな」


  *


 私は、その言い方を、少しのあいだ考えた。


 考えて、そうかもしれない、と思った。


「三人で回りますと、わたくしは要りません」


「はい」


「要らないほうが、よろしゅうございます」


「なぜでございますか」


「四百年、要る者がひとりしかおりませんでした」


 私は、卓に手を置いた。


「ひとりしかいないものは、そのひとりが抜けたときに、止まります」


  *


 三人が、黙った。


 黙ったまま、三人とも、卓を見ていらした。


 卓の脚に噛ませた石が、風で少し動いた。


 教会の司祭が、それを直された。


  *


 卓のことで、もうひとつ申し上げた。


「椅子は、四つ置いてください」


「四つ、でございますか」


「はい」


 三人が、顔を見合わされた。


「三方でございますが」


「四つ目には、誰も座りません」


 私は、そう申し上げた。


「わたくしは立っております。座りますと、四人目になりますので」


「では、なぜ四つ」


「空いている椅子が見えておりますと、三方とも、そこに誰かが座り得ると思います」


  *


 財閥の方が、椅子のほうを見られた。


「……誰が座るのです」


「どなたも」


「では、意味がございません」


「意味はございません」


 私は、頭を下げた。


「ただ、四百年、その席には人が座っておりました。座っていた者が抜けたので、いまこうなっております」


 三人が、黙られた。


 その日の夕方に、椅子が四つになった。


  *


 その晩、私は関所の詰所に泊めていただいた。


 天幕には入らなかった。三つのうちどれかに入れば、そこの側になる。


 詰所の隅で、毛布を借りて、壁にもたれて座った。


 眠る前に、明日の議題を頭のなかで並べた。


 三十件。決まるのは、十件。


 十件でも、書いて残せば、次がある。


  *


 目を閉じてから、ひとつ思い出した。


 三月の三十日に、棚が届いたはずだ。


 三列。


 組み立てておきます、とベルナー様は仰った。いちばん下の段の隣に。


 空のまま、置いてある。


 置いてあるところを、私はまだ見ていない。


  *


 その夜、峠は静かだった。


 雨は、降らなかった。


  *


 夜中に、一度だけ目が覚めた。


 詰所の窓から、外が見えた。


 卓が、月の下にある。屋根がないので、そのまま見える。四つの椅子が、四方に置いてある。


 ひとつだけ、誰も座らない椅子。


 半年前、私はこの峠で三日待たされた。あのときは木箱十一を積んで、下の宿場町にいた。旗が二本と、旗が一本の話をした。


 いまは、旗がひとつも立っていない。


 立てる者がいないからだ。


 私は、そのまま少し見ていた。


 見ながら、明日から書くものの体裁を、頭のなかで組んだ。日付、議題、三方の発言、決まったこと、決まらなかったこと。それから、いちばん下に、書いた者の名。


 名を書く。


 今度は、書く。


読んでくださりありがとうございます!


・本作を★★★★★で評価

・ブックマーク


この二つで応援していただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。