第41話 同じ部屋で
三人は、同じ部屋に通された。
入ってきたとき、三人とも、他の二人がいることに気づいて、足を止めた。
止まったのが、ほとんど同時だった。
*
軍からは、あの方だった。
七年、書面を往復した方。半年前に、署名だけでいいと仰って、断られて帰っていかれた方だ。
財閥からは、若い方が来ていた。三十くらいで、上着の仕立てがいい。目が動く。
教会からは、年配の司祭。参事会の代理だという。
三人とも、私の顔を見て、それから、互いの顔を見た。
*
「オルデン嬢」
軍の方が、最初に口を開かれた。
「別々にお会いいただけるものと思っておりましたが」
「同じ部屋のほうが、早うございますので」
「早い」
「はい。別々にお会いしますと、三通りの話になります。三通りになりますと、あとで突き合わせる手間がかかります」
財閥の若い方が、口の端を上げられた。
「なるほど。同じ部屋なら、嘘がつけない」
「そうは申しておりません」
「では、どう仰る」
「同じ話を三度聞かずに済みます」
*
三人が席につくまでに、少しかかった。
卓は四角い。四方に椅子がある。どこに座るかで、三人とも動かなかった。
私は、いちばん扉に近い席に座った。
「こちらでよろしいでしょうか」
三人が、それぞれ空いた三方に座られた。
座ってから、財閥の方が仰った。
「あなたが先にお座りになれば、残りは自動で決まる。よくご存じで」
「四角い卓は、たいてい揉めます」
「丸い卓なら」
「丸いほうが、もっと揉めます。どこが上座かがわかりませんので」
軍の方が、少し笑われた。
*
三人は、それぞれ用件を仰った。
順に聞いて、驚いた。
三通りではなかった。
ひとつだった。
*
三派は、合議を開こうとしていらっしゃる。
軍が王都に入って、二週間。取るものがなくて、市から取りはじめた。教会は上納が止まり、商会は倉が空で、王家は動けない。
誰も勝っていない。
勝っていないので、話をするしかなくなった。
話をするには、集まらなければならない。集まって、決めて、決めたことを守らせる。
守らせるところで、止まっている。
*
「決めても、守られませんか」
「守られません」
軍の方が、そう仰った。
「三度、使いを立てました。三度とも、こちらが約したことを、向こうが約していないと言い出しました」
「同じ文面でございましたか」
「同じ文面のつもりでした」
「つもり、では」
「はい。つもりでした」
私は、頷いた。
同じ文面を三方が同じ字で持つには、写しを作って、突き合わせて、三方が同時に確認する。その手順を踏む者が要る。
踏む者が、いない。
*
財閥の方が、身を乗り出された。
「単刀直入に申し上げます。合議に、お立ち会いいただきたい」
「立ち会う、と申しますと」
「決まったことが、三方とも同じであると、確かめていただきたい」
「証明ではなく」
「証明ではございません」
その方は、そこをはっきり仰った。
「証明していただくと、あなたの署名になります。署名は、どこかの派の紙になる。それは、あなたが半年前に断られた」
私は、その方の顔を見た。
この方は、読んでいらっしゃる。
*
「では、何をせよと」
「同じであることを、見ていただく」
「見るだけで、よろしいのですか」
「見ていただいたという事実だけが、いま、三方に共通して残せるものでございます」
教会の司祭が、そこで初めて口を開かれた。
「三方とも、あなたに借りがございます」
「借り」
「冬に、同じ紙を同じ日に頂戴いたしました。三方とも、あれで少し息をつきました」
*
私は、しばらく黙っていた。
黙って、考えた。
これは、依頼だ。戻ってこいという話ではない。一度立ち会えという話だ。
立ち会ったところで、私の承認が戻るわけではない。承認には三派の合意が要り、合意には検証者が要り、その検証者が私だ。堂々巡りは解けていない。
解けていないのに、三方が同じ日にここへ来た。
来るために、三方は話をした。
——話ができるなら、合議は開ける。
開けるなら、私が要るのは、たぶん、一度だけだ。
*
「お受けいたします」
三人が、顔を上げた。
「ただし、条件がございます」
「なんなりと」
「三つでございます」
*
「ひとつ。場所は峠にいたします」
軍の方が、眉を上げられた。
「峠、と申しますと」
「両国の関所のあいだでございます」
「あのあいだは、どちらの管轄でもございませんが」
「ですので、そこにいたします」
私は、そう申し上げた。
「どなたかの領で開きますと、その方が主になります。主のいる合議は、あとで、主が押し切ったと言われます」
*
「ふたつ。三方は、同じ日に着いてください」
財閥の方が、笑われた。
「先日と同じでございますな」
「はい。先に着いた方は、待つあいだに話をなさいます。話をなさると、あとの一方が加わったときに、二対一になります」
「厳しいことを仰る」
「面倒なだけでございます」
*
「みっつ」
私は、そこで少し間を置いた。
「決まったことに、その場で三方が署名してください」
三人が、黙った。
「文面は、その場で作ります。作った文面を三通、同じ字で写します。写した三通に、三方それぞれが署名する。三通とも、三人ぶんの署名が入る形にいたします」
「……三人ぶん」
「はい。一通に、三方の名が並びます」
*
「それは」
教会の司祭が、身じろぎされた。
「それは、後々まで残りますな」
「残ります」
「約したことが守れなかったとき、名が残っていると、責められます」
「責められます」
私は、そこは正直に申し上げた。
「責められるようにするための署名でございます」
*
しばらく、誰も何も言わなかった。
窓の外で、川の音がしている。三月の川は、雪解けで水が増えている。
やがて、軍の方が仰った。
「わたくしは、受けます」
財閥の方が、その顔を見られた。
「ずいぶん早い」
「七年、この方の書面を読みました」
その方は、そう仰った。
「読みにくい書面でしたが、一度も、後から違うことを書かれたことがない」
*
財閥の方は、しばらく指を組んでいらした。
組んで、それから、こう仰った。
「わたくしどもも、受けます」
「よろしいのですか」
「よろしくはございません。ただ、いま、うちがいちばん困っております」
その方は、あっさりそう仰った。
「倉が空でございます。空にしたのは、こちらの読み違いでございます。読み違えた者は、次は自分で決めないほうがよろしい」
*
教会の司祭は、最後まで迷っておられた。
迷って、それから、こう伺われた。
「オルデン嬢。ひとつだけ、お聞かせいただきたい」
「はい」
「あなたは、これで何をお得になりますか」
私は、少し考えた。
考えて、正直に申し上げた。
「なにも」
「なにも」
「はい。峠までの路銀と、十日ほどの手間が出ていくだけでございます」
「では、なぜ」
「合議が成立したという記録が、一枚残ります」
*
「それだけでございますか」
「それだけでございます」
司祭は、しばらく私を見ていらした。
それから、頭を下げられた。
「受けさせていただきます」
*
日取りは、四月の五日と決まった。
三方がそれぞれ王都を発って、峠まで九日。今日が二十六日だから、間に合う。
私はハルムから七日。三月の二十九日に発てば足りる。
三人が帰られたあと、私は部屋に戻って、机の前に座った。
座って、紙を一枚出した。
左に、わかること。真ん中に、わからないこと。右に、決めなければならないこと。
右に、書いた。
——木箱を、持っていくかどうか。
書いてから、しばらくその一行を見ていた。
見て、その下にもう一行足した。
——三月三十日を、どこで迎えるか。
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