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第40話 三方から、同じ日に

 名簿は、三日で百七十人になった。


 欄を六つにした。名、出た日、出た場所、越えた関所、行き先、それから、身元を証せる者。


 六つ目が、いちばん揉めた。


 証せる者がいない方が多い。多いので、そういう方には「なし」と書いた。書いてから、なしと書かれた紙を持たされる方の気持ちを考えて、欄の名を変えた。


 ——同行者。


 これなら、なしでも角が立たない。


  *


 閣下の報せは、四日目に来た。


 国境の関所からの伝令で、たった二行だった。


 ——アーレンス辺境伯、無事。ただし王都を出られず。


 私は、その二行を三度読んだ。


 読んで、紙を机に置いて、それから、両手を膝に置いた。


 しばらく、そうしていた。


  *


「お嬢様」


 マルタが、入ってきた。


「ご無事だそうでございますね」


「ええ」


「よろしゅうございました」


「ええ」


 その子は、盆を置いてから、こう言った。


「お顔の色が、戻っておいでです」


 私は、何も言わなかった。


 言わずに、名簿の続きを書いた。


 書きながら、指がもう震えていないことに気づいた。


  *


 王都のことは、越えてくる方々の話から、少しずつわかってきた。


 話は、みなさま違う。同じ日の同じ場所にいた方でも、見たものが違う。それは当たり前で、だから名簿に「見たこと」の欄は作らなかった。


 作ると、揃えたくなる。揃えると、嘘が混ざる。


 それでも、三十人ぶんも聞くと、重なるところが出てくる。


  *


 重なったのは、四つだった。


 ひとつ。軍が入ったのは、東の門から。


 ふたつ。抵抗は、ほとんどなかった。


 みっつ。軍は、王宮ではなく、商会の倉へ向かった。


 よっつ。倉は、三棟とも空だった。


  *


 四つ目を聞いたとき、私は手を止めた。


 空。


 商会は、冬に抱えを吐き出している。三割下げで、麻も穀物も出した。出したので、倉は空だ。


 軍は、それを知らなかった。


 知らずに、三日かけて王都まで来て、倉を開けて、空だった。


  *


 私は、その話を三人から聞いた。


 三人とも、同じことを言われた。


 ——兵が、倉の前で座り込んでいた。


 座り込むしかない。取りに来て、なかったのだから。


 商会は、逃げたのではない。損を出して身軽になっていただけだ。身軽になっていたので、取られるものがなかった。


 偶然だ。


 偶然だけれど、この偶然を作ったのは、冬の空振りだ。


 空振りしなければ、倉は満ちていた。満ちていれば、軍は取った。取れば、それは強奪で、強奪があれば、戦になる。


 ならなかった。


  *


 ならなかったのは、いいことだ。


 いいことなのに、話を聞いた三人とも、顔が暗かった。


 理由を、四人目に聞いてわかった。


「取るものがないと、次はどうなさるんです」


 その方は、そう仰った。


「兵は、腹が減ります。取るつもりで三日歩いて、なかった。帰る道の食い扶持も、もうありません」


「では」


「王都の市から取ります。もう始まっております」


  *


 私は、名簿の欄を、七つに増やした。


 七つ目に、こう書いた。


 ——王都を出た理由。


 書いてから、三十人ぶんに遡って埋めた。


 埋めると、はっきりした。


 最初の二十人は、婚礼の参列者だ。式が壊れたので、逃げた。


 あとの百五十人は、違う。


 市の者、職人、荷を運ぶ者。逃げてきたのは、婚礼のせいではない。


  *


 三月の二十日を過ぎたころ、越えてくる人が減った。


 減ったのは、収まったからではない。関所が、通す数を絞ったからだ。二百人を超えたところで、ベルナー様が上限をお決めになった。


 決めるとき、私に相談してくださった。


「オルデン様。何人までなら、養えますか」


「わたくしにはわかりません」


「では、何人までなら、名簿が書けますか」


 私は、少し考えた。


「一日に、四十人まででしたら」


「では、四十でまいりましょう」


  *


 その決め方は、乱暴だ。


 乱暴だけれど、決まる。何人養えるかを正確に出すには、蓄えと、市の相場と、次の収穫までの日数が要る。出すのに十日かかる。十日待つあいだに、人は越えてくる。


 名簿の書ける数で切る。切ってから、直す。


 直すために、数を書いておく。


 私は、通した数と、断った数を、両方書き留めることにした。


 断った数を書くのは、あとで責められるためだ。


 責められる者が、いる形のほうがいい。


  *


 二十四日に、王都から書状が届いた。


 閣下からではない。宰相府の書記官の名で、この領の役所宛に出されたものだ。


 中身は、通行に関する照会だった。王都から出た者の受け入れについて、当領の意向を問う、という文面。


 その末尾に、こうあった。


 ——なお、書状の分け方につきましては、いただいた二枚を宮内でも用いております。出どころは問わずとのことでしたので、そのようにいたしております。


 私は、その二行を三度読んだ。


 用いております。


 二枚は、届いていた。届いて、使われていた。


 三月に一度、この領に届く書状の宛先が、少しずつ正しくなっているのは、そのせいだったのかもしれない。


  *


 礼を言われたわけではない。


 言えるはずがない。誰が出したかを、書いていないのだから。


 書いていないので、あの方は「いただいた」としか書けなかった。誰から、とは書けない。


 書けないまま、書いてこられた。


 私は、その紙を畳んで、下の段に入れた。


 片付いたものの段だ。


 入れてから、しばらく、その段を見ていた。


  *


 三月二十六日。


 朝から、風が強かった。


 名簿の書き足しをしていると、ベルナー様が上がってこられた。


「オルデン様」


「はい」


「お客様でございます」


「どちらから」


「三方から」


 私は、ペンを置いた。


  *


「三方、と申しますと」


「王都からでございます。三組、別々に」


 ベルナー様は、そこで少し息を継がれた。


「同じ日に、同じ刻限に、門に着きました」


  *


 私は、立ち上がった。


 立ち上がって、窓のほうへ行った。


 中庭に、馬が並んでいる。三組だ。旗は出ていない。出ていないけれど、鞍の飾りが違う。ひと組は簡素で、ひと組は金具が多く、ひと組は布に紋が織り込んである。


 軍と、財と、教会。


  *


 同じ日に、同じ刻限に。


 三月前、私は同じことをした。三通の写しを、同じ日に届くように出した。手筈を組むのに二十日かかった。


 組むのが面倒なのは、街道の日数が違うからだ。関所の混み方が違う。


 その面倒を、三方が、それぞれ組んだ。


 組んだということは、示し合わせたということだ。


  *


 示し合わせられるということは、話ができるということだ。


 この四月、三派は同じ紙について同じことを言えなかった。言えないから、証人を立てられなかった。証人を立てられないから、崩れた。


 その三派が、同じ日に同じ場所に着いた。


 着くために、話をした。


  *


 私は、窓から離れた。


 離れて、机の上を片付けた。名簿を閉じて、脇へ寄せる。照合の綴りを重ねて、棚に戻す。


 戻しながら、指が少し冷たくなっていることに気づいた。


「ベルナー様」


「はい」


「お通しになる前に、ひとつ、お願いがございます」


「なんなりと」


「三組を、同じ部屋にお通しください」


  *


 ベルナー様が、目を上げられた。


「……同じ部屋に」


「はい」


「別々にお会いになるのが、筋かと存じますが」


「別々にお会いしますと、三通りの話になります」


 私は、そう申し上げた。


「同じ部屋でしたら、一通りで済みます」


  *


 ベルナー様は、しばらく私を見ていらした。


 それから、頭を下げて、階段を降りていかれた。


 私は、机の前に立っていた。


 立って、卓の上の紙を一枚だけ手に取った。


 三十日までに決めること、と書いた紙だ。右の欄に、一行だけある。


 ——出るか、出ないか。


 その下に、書いていないことがある。


 書いていないけれど、十六日前に、私は棚を三列頼んだ。


  *


 紙を畳んで、抽斗に入れた。


 入れて、鍵をかけた。


 それから、外套を取って、留め金を四つとも留めた。


 留めるのに、今度は指が止まらなかった。


  *


 階段を降りながら、私は数えた。


 三月二十六日。


 あと、四日。


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