【主人公と四水姫と呼ばれるヒロインたち】1
桐原夕也はクラスで浮いている。
それは、夕也が高等部から入学した外部生なのに対して、クラスメイトのほとんどが中等部からの内部生だからか、それとも夕也本人に何かしらの問題があるのか。
教室を見渡せば、クラスメイトの多くは、中等部での三年間で築き上げたと思われる関係をそのままにグループを形成しており、そこに外部の人間がズカズカと入り込むスペースはほとんどない。
というか、そもそも夕也に友達を作ろう! という気概がない。
だから当然、クラスでは一人でいることの方が多いのだが、そんな夕也にもごく少数だが、気軽に世間話できる程度の友人が教室内にはいた。
「やっぱり、あそこはオアシスだよね。目の保養って多分、ああいうことを言うんだろうなぁ~」
周囲が夕也と距離を取っている中、一人の男子高校生――橘優悟は昼休みに入り教室が騒がしくなると、手に持っていた惣菜パンを夕也の机に勝手に広げ、とある一点――弘斗や沙姫、玲奈がいるグループに視線を向けると、そんなことを言ってきた。
「そんなこと言ってもいいのか? 優悟、彼女いるじゃん」
「それはそれ、これはこれ。男子一人に対して、可愛い女子が四人。これはロマンの話をしてるんだよ」
「あ、そう。優悟ってそういうの好きだよな。この間やってたゲームでも、似たようなシチュエーションのやってたよな?」
「やってた。大好物。僕――いや、俺の彼女、見た目は可愛いんだけど、どうにも現実的過ぎるっていうか、ドライというか、合理主義の人って感じだから、ゲームに出てくるような素直な可愛らしさっていうのかな。そういうのに癒されたいわけですよ」
「彼女が悲しむぞ」
「いや……それはどうだろ。親同士が勝手に決めた相手だし、向こうは僕――俺にそういう感情を持ってるかどうかすら怪しいからなぁ……」
そう言って優吾は再度、弘斗たちのグループに視線を向ける。
水之崎は県内でも屈指の進学校である。
だから当然といえば当然なのだが、通っている生徒の中には生まれながらのエリート――つまりは許嫁的なものが存在している良家出身の生徒が混じっていたりする。
そのうちの一人が橘優悟であり、先程から自分のことを”僕”と”俺”で揺れているところを見ると、紫苑祭の直前から、つい最近まで学校を休んでいた彼がその間、大人に囲まれていたのだということを察することができた。
「あ゛ーーー、可愛い女の子達に囲まれたい。それこそ”四水姫”みたいな子達に……囲まれたい」
なんとも欲望に正直な男である。
しかし、
(……四水姫? 何かのゲームのタイトルか?)
知らない単語に夕也は首を傾げる。
すると、そのことに優悟は気付いたのだろう。
コイツ、マジか。という表情と共に肩を落とした。
「四水姫っていうのは、中等部の頃から特別人気のある四人――まぁ、広瀬と一緒にいるあの子達のことを指していて、文字通り、水之崎で姫のような可愛さを持つ四人のことをそう呼ぶんだよ。四人とも水にちなんだ苗字を持ってるし。丁度良い呼び名だよね」
(なるほど、確かにそれなら、四水姫と呼ばれていても不思議じゃない。学生はそういうの好きだろうし……ん? 広瀬と一緒にいる女子? 四人?)
夕也は教室で、弘斗を中心に楽しそうに話している女子の数を心の中で数える。
(1、2、3、4。確かに四人居るけど……え? マジか……)
まさかの事実に驚愕する夕也。
その理由は至ってシンプル――
「えっと、それは……河野も入ってるってことだよな?」
「何言ってるの? 河野さん、結構人気だよ」
常識です! とでも言わんばかりの優悟の態度に、夕也は本気で困惑した。
(確かに河野は良いポテンシャルを持っている。多少モテることも知ってはいた。それこそ、意識一つ変えるだけで他の三人とも良い勝負ができると思うけど……現時点で異名ができる程モテているっていうのは――知らなかった)
その事実に夕也は、玲奈に対しての評価を少しだけ上げた。
異性にモテるというのは、使い方によっては強力な武器になり得ることを夕也は知っている。
たとえ金使いが荒くて、色々と雑で、身嗜みが最悪で、計画性が皆無な残念女子であっても、長所を正しく使えれば、優位に立ち回ることだってできる可能性を秘めているのだ。
(まぁ、結局は使い方次第。でも――河野はそういうの絶対苦手だろうなぁ。……本当に勿体無いやつだ)
夕也の中で玲奈への評価は上がったが、それと同時に勿体無いポイントが加算された。
「河野さん、鳴海さん、滝ノ宮さん、泉藤さん。四水姫の四人、タイプはそれぞれ違うけど、学校のアイドルみたいな扱いをされてるからね。くれぐれも接触するときは下手を打たないようにね?」
「へ? なんで?」
「熱狂的なファンが多いから。距離間を間違えて、ファンを刺激したら最後……刺されてもおかしくないよ」
「……そっか」
真顔でそんな忠告をしてくる優悟。
その様子から冗談ではないことが分かった。
夕也は心の中で頭を抱えた。
(もう遅いんだよなぁ……河野もそうだけど、滝ノ宮とも関わっちまったよ……)
四分の二。
既に半数とは接触している夕也。
沙姫とはそんなに関わっていないからセーフだとして、問題は玲奈の方だった。
相合傘、二人きりで公園、そして――なんといっても、来月には食事の約束もしてしまっている。
刺されるというのは大袈裟に言ってるだけなのかもしれないけど、リンチくらいはされそうである。
(もし学校外で二人で飯を食ってるところでも見られたら……ただじゃ済まないかもな)
「まぁ、四水姫云々の前に、友達のいない夕也にはそんな心配はいらないと思うけどね」
「うるせーよ。それに……その四水姫が人気なのは分かったけど、アイツはどうなんだ?」
夕也は視線だけで弘斗のことを指す。
弘斗は四水姫と関わるどころか、その中心にいる。見る人によっては四水姫たちを囲っていると、そう思われてもおかしくないだろう。
確かに弘斗はクラスでは中心的人物である。
友人も多いし、人望だって厚い。
教師からも信用されているし、様々な部活を始め、生徒会からもスカウトがあったことから上の学年の生徒からも、その有能さは認知されているということだろう。
だから、直接何かを言われるようなことは無いのかもしれない。
事実、夕也自身もクラス内で弘斗に何かを言える奴がいないことは知っている。
しかし、だからといって外野が騒がないのは明らかに異常だ。
(たとえクラスで絶対的な地位に立っていたとしても、陰口や噂といった、本人のいないところで囁かれる言葉に地位は関係ない。むしろ、そういった陰口こそが、直接言えない相手への攻撃手段として使われているものだ)
では、なぜ弘斗は刺されていないのか?
なぜ誰も今の弘斗に疑問を持っていないのか?
頭の中でグルグルと様々な可能性を考えるが、それっぽい理由が全く浮かばない。
なんで弘斗だけが良くて、他がダメなのか。
全く分からない。
「あー、広瀬ね。中等部の頃は色々言われてたみたいだけど、今は誰も気にしてないかな。当たり前のようにみんな受け入れてるよ」
「今の広瀬の行動に熱狂的なファンは納得してんの?」
「よく分からないけど、いいんじゃない? 今は誰も文句を言ってる様子はないし」
「……ふーん」
目の前で起こっている不思議現象に対して、夕也の脳裏にとあるワードが浮かんだ。
――”ご都合主義”。
それは以前、優悟とゲームの話をした時に出たワードである。
シナリオを円滑に進めるために主人公に与えられた特権。
もしも、この世界が誰かによって作られたものだとして、その主人公が広瀬弘斗だったとしたならば――
そして、そんな広瀬弘斗と一緒にいる四水姫がヒロインだったとしたならば――
夕也の目の前で起こっている不思議現象は、全て説明できてしまう。
主人公の行動に、周囲は疑問を持たない。
陰口や噂話しも、シナリオに書いていなければ誰も口にしない。
全てはシナリオ通りに進んでいく。
主人公とヒロインが一緒にいる。
それは至極当然のことなのだ。
(なんて、な。そんなことは有り得ないし、もしもこの世界がそういうモノだったとして、俺の存在はどうなんだって話だ。少なくとも俺は目の前の現象について疑問に思ってる。だから、これはそうだな……内部生だから感覚が麻痺ってんだな)
夕也は無理矢理にでも納得すると一瞬だけ弘斗の方に視線を向け、そして優悟との雑談に戻る。
向けた視線。
それはほんの一瞬、数秒にも満たない時間。
――夕也は気付かなかった。
夕也が弘斗たちを見ていたように、夕也もまた誰かに見られていたということを。
そして、夕也を見ていた人物《玲奈》もまた、違う誰かに見られていたということを……。




