【花火と二人】1
浴衣姿の人々で混み合う電車に揺られること40分。
夕也と玲奈は、この辺りでは名の知れた花火大会の会場へと足を運んでいた。
きっかけは、夕也の家を訪れた沙姫に勧められたこと。
そして、なんとなく暇だったから――という、なんとも味気ない理由だった。
電車で40分。
それも、花火大会の影響で混雑している中での40分である。
それは人が苦手な玲奈はもちろんのこと、夕也にとってもストレスを感じる移動だった。
それでも、会場に来れば少しは雰囲気が出るものだ。
花火大会、夏祭り、そして道の両端にずらりと並んでいる屋台。
どれもこれも、非日常感溢れるものである。
二人の装いこそ、いつも通りの私服だが、これだけの”青春ワード”が揃うイベントは一年を通してもそう多くはないだろう。
当然、そんな状況になると、誰しもが心踊りそうなものなのだが――
しかし、そこは玲奈と夕也。
こと二人においては、雰囲気に飲まれるようなことは一切なくて……。
すでに人混みに酔いかけているのは言うまでもなく、よくよく考えてみれば、夕也も玲奈も、それほど花火が好きというわけではなかった。
これでは、どれだけ場が整っていても無意味であり、それは今の二人の様子からも伺うことができた。
「……人、多いね」
「そうだなぁー、花火大会って、こんなに人が集まるもんなんだな」
メイン会場から少し離れた土手にある階段に腰を下ろし、二人はボケっとした表情で人混みを眺める。
「屋台のご飯、高かったね」
「それな。まさか焼きそばでワンコインを超えるとは思ってなかった」
「ね。かき氷も地味に高かったし」
「結局、俺たちが買ったのは……これだけか」
夕也はそう言うと、手に持っていたカップの飲み物をストローでチューと吸う。
「そうだね~」
玲奈も続いてチュー。
どこか間の抜けたその光景は、いわゆる”青春”からはほど遠いものだった。
「……うちが浴衣とか着てくれば、ちょっとは特別感とか出たのかな」
視線の先には楽しそうに歩いている浴衣姿の女子グループ。
玲奈はそんな彼女たちを目で追いながら、そんなことを言う。
「んー、どうだろ。てか、河野はそういうの絶対着ないだろ」
「うん。浴衣なんて一度も着たことない、着たくもない」
「だよなぁ~」
「桐原は甚平とか着ないの?」
「逆に聞くけど、俺がそういうの着ると思うか?」
「思わない」
即答で一刀両断する玲奈。
「なんだよ、分かってるなら聞いてくるなよ」
緩急のない、一辺倒な会話。
どこまでも青春とは縁遠い二人だった。
――どれくらいの時間を、こうして並んで過ごしていたのだろうか。
気付けば花火の打ち上げ時刻が近づいており、二人が座っていた土手にはちらほらと人が集まってきていた。
人の気配が増していくのを感じる中、玲奈はふと、何かを思いついたかのように口を開く。
「――今日、この花火大会がきっかけで、付き合い始める人がいるかもしれないんだよね」
彼女は夕也の顔を見ることなく、土手の向こう――屋台の光が連なっている光景を眺めながら、独り言のように呟いた。
「花火大会、夏祭り。告白するなら絶好のタイミングだからな。そういう奴らは結構いるんじゃない?」
「なんかさ、今この瞬間にも、誰かが誰かに想いを伝えてるって考えると、ちょっと不思議な感じがするよね」
「まぁ、言いたいことは分かる。なんか変な感じがするよな」
「うん。それなのに……ふふ」
玲奈は自分の恰好、そして無気力にストローを咥えている夕也を見て、くすっと笑った。
「なに笑ってんだよ」
「いや、うちらって、そういうのとは本当に無縁だな~、って思ってさ」
「そりゃそうだろ。むしろ……そういうのがないから、河野は今、ここにいるんじゃねーの?」
そう言って、夕也は笑い返す。
もし夕也が少しでも玲奈に気があるような振る舞いをしていたら――玲奈は今、この場所にいなかっただろう。
財布を失くしたからといって、家に転がり込んでくるようなことはしないだろうし、それ以前に会話すらしない関係だったかもしれない。
告白なんてしようものなら、積極的に距離を取り、夕也を避けていただろう。
そんな、あったかもしれない可能性を、夕也は容易に想像することができた。
「……そうだね。たしかにそうだ」
ゆっくりと頷いて見せる玲奈。
「だろ? だから――まぁ、多分、こんな感じの方が俺らには合ってるんだよ。この感じが……丁度良い」
それは本心から出た言葉だった。
河野玲奈は残念で、色々ともったいない奴で、雑で適当な女の子だ。
財布は失くすし、家事全般はできない。料理なんてもっての外だ。
しかし、なんだかんだ夕也は、玲奈といることを苦に思っていなかった。
一緒に住んでみて、そう思えるのならば、それは相性が良いと言っても過言ではないだろう。
恋心があるかといえば……それは全くの皆無だが、それでも――
(河野に何かあったら、心配くらいはするんだろうなぁ……)
と、そのくらいは玲奈のことを思っていたのだった。
「もしさ、将来うちらが……その、恋人的な関係になったら、どうなると思う?」
恥ずかしさ半分、好奇心半分といった様子で、玲奈は夕也にそんなことを聞いてくる。
考えるまでもなく、夕也の答えはすぐに出た。
「なにも変わらないんじゃない?」
「え~、恋人だよ?」
「大して変わらないだろ。っていうか、俺たちが急にイチャイチャしだしたら、それはそれで怖い」
一瞬だけ、そんな光景を想像する夕也。
お手々を繋いでお買い物。
着ていく服は当たり前にペアルック。
隣同士で歩く二人は――
(……いや、ないわ~。色々としんどい。精神的にくるものがある……)
夕也は考えるのをやめた。
これ以上は無理だった。
そして、それは玲奈も同様だったようで――
「うん……そうだね。うちらが付き合っても、何も変わらないと思う。っていうか、何も変わらないで欲しいと願ってる」
げんなりした様子の玲奈。
彼女も彼女で甚大なダメージを受けているようだった。
「もし、うちらが付き合うことになっても、お互いに自然体でいようね!?」
真顔でそう言ってくる玲奈。
勢いに負けた夕也は、ただ黙って頷いた。
「うちは家に引きこもって、桐原はうちのだらしなさに呆れて、怒って……でも結局は、うちの粘り勝ち。デートなんて行かずに、二人で映画を観るの」
玲奈は、自分で言っていて楽しくなったのか、声を弾ませながらそう言う。
それは現時点では無意味な未来予想である。
けれど――なんだか、その光景は簡単に想像することができた。
ただ、そんな想像上の未来の中で、気に食わないことが一つ。
「なんで河野が勝つ前提なんだ?」
当たり前のように玲奈が勝つことが前提になっていることに気付いた夕也は、そう指摘する。
すると、玲奈は特に表情を変えることなく、淡々とその理由を口にした。
「いや、だって……実際そうじゃん? 桐原って文句は言うけど、最終的にはうちを優先してくれるじゃん」
「それは……」
夕也は言い返すことができなかった。
それは玲奈が夕也の家に転がり込んできてからのこと。
夕也はなんだかんだ、玲奈を甘やかしていたのだ。
料理に掃除、その他もろもろ。
夕紀に教育された影響だろうか。
だらけている人間の世話は手慣れたもので……気付けば手が動いていたのだ。
「ほら、うちが粘り勝ちしそうでしょ?」
そう言って、勝ち誇ったような表情を浮かべる玲奈。
正直腹が立ったが……返せる言葉がないのなら、それは夕也の負けである。
「ま、こんな勝負は何の意味もないんだけどね。ただの妄想だし」
玲奈はそう言って満足げに笑うと、夕也から視線を外し、これから花火が打ち上がるであろう方向に視線を向ける。
直後、打ち上げ開始のアナウンスが会場に流れた。
夕也は負けた悔しさから一度だけ玲奈を睨んだが、そのあとはすぐに彼女に続くように、真夏の夜空を見上げるのだった。




