【夏休みとは、ヒロインが家に転がり込んでくる季節である】3
夕也と玲奈の共同生活は、意外にもトラブルらしいトラブルもなく、気付けば四日が経過していた。
唯一のトラブルといえば、初日。
買い出しを手伝うと息巻いていた玲奈が爆睡しており、それを放置して買い物に行った夕也が理不尽にキレられたということがあったが、そんなものは些細なことだと言えるだろう。
そんなこんなで、既に四日の共同生活を送り、それが日常になりつつある中、夕也と玲奈は夕食の買い出しをするためにスーパーに来ていた。
「今日は何にするの?」
カートを押しながら、ご機嫌な様子でそう聞いてくる玲奈。
ここ数日の玲奈は、夕也の作る料理がすっかり気に入ったようで、ことあるごとに献立を聞いてくるようになっていた。
「んー、じゃがいもが家に残ってるし、ジャーマンポテトとか? 玉ねぎとベーコン買ってさ。コンソメ、ニンニク、塩コショウの味付けで簡単にできるし」
「おお~、いいねぇ~。って、うち、ジャーマンポテトって料理を知らないんだけどね。でも、美味しそう!」
「なら、そうするか。副菜とかは適当に安い食材があったら、それで作るとして、飲み物は――河野は甘いやつ、俺はお茶。他になにか欲しいのはあるか?」
「んー、お菓子があったら嬉しいかも。今日、テレビで面白そうな映画がやるみたいだから、観ながら食べたい」
「了解。そんじゃ、お菓子も何個か買って――」
夕也と玲奈は、慣れた様子で相談しながら買い物かごに必要なものを入れていく。
「そういえば、河野の好きな食べ物ってなに?」
「ん? うちの好きな食べ物?」
お菓子コーナーでしゃがみ込み、クッキーを選んでいた玲奈は、夕也の質問に首を傾げる。
「いつも俺の料理を美味そうに食べてくれるけど、好き嫌いはあんのかなって」
「特にコレってやつはないけど……強いて言えば安いやつ。安ければ、安いだけいい」
「それは――好き嫌いなのか?」
「高いやつはあんまり好きじゃない。安いやつは好き。これって好き嫌いって言えるんじゃない?」
「まぁ、そう言われてみればそうだけど……ちなみに理由は?」
玲奈は熟考の末に選んだシンプルなクッキーをかごに入れる。
そして、真剣な表情で夕也を見ると口を開いた。
「高いものを食べるとき、値段が気になる。美味しいものは当然好きだけど――これで欲しいものが買えるんじゃないか。何回か我慢すれば、良いヘッドホンとかイヤホンが買えるんじゃないか……って考えると味がしなくなるから」
「なるほど。それは確かに一理あるかもな。いや、理解できるってだけで納得はできないけど」
「そう? わりとある話だと思うけど。それに――うちは多分、お金のない生活っていうのに慣れちゃってるのかもしれない!」
なぜか誇らしげに、堂々とそう言う玲奈。
「お金がない生活って……それ、河野の自業自得だよな? 河野の家、結構裕福だと思うし、それに学校で禁止されてるバイトが特例で許されてる立場にあるよな? それで金がないって……」
「うち、好きなものにはフルベッドだから。入ったら消え、入ったら消え」
ボディーランゲージで空を掴んでいる両手を左右に振る玲奈。
『入ったら』で右。『消え』で左。
それを繰り返す。
「お金の使い方に問題があるのは分かってるよ? 沙姫にも散々怒られてるし。お父さんにも、ちょっとだけ怒られる。でもさ……やめられないんだなぁ~、これが」
「……そっか。じゃあ、しょうがないな」
河野玲奈。
文字通り残念系ヒロインである。
そのお金で可愛い服やらアクセサリーやらを買って、定期的に美容院に行けば、少しは違った見られ方――それこそ他三人とも良い勝負ができそうなものだが、それをしない玲奈。
(うん。河野の矯正は泉藤と滝ノ宮に任せよう)
夕也は自分にできることはないと、玲奈の改造を諦めた。
「逆に聞くけど、桐原の好きな食べ物はなんなの?」
「俺?」
「うん。うちに聞いたんだから、桐原も答えるのが筋じゃない?」
「ああ、そうだなぁ。俺の好きな食べ物かぁ~」
聞かれると思っていなかった夕也は、考える仕草を見せる。
(俺の好きな食べ物……ね。なんだろ……俺、何が好きなんだ?)
何も浮かばなかった。
だから――
「自分の作った料理」
「へ? それが好きな食べ物?」
「うん。自分で作ったやつが一番だな」
「……自画自賛が過ぎない? いや、うちも桐原の料理は好きだけどさ」
ちょっと引いているような表情を浮かべる玲奈。
(言いたいことは分かるよ? でも、実際そうなんだよなぁ……)
「自分で作った方が外食に比べて安上がりだし、味付けも自分好みにできる。作る量も自分で決められるし、何より外食と違って失敗がない」
「失敗がないって……確かに外食で外すことはあるけどさ、それって自分の料理でも言えない? 料理をミスるなんてよくあると思うんだけど」
「ないぞ? 今まで失敗らしい、失敗はしたことない。っていうか、料理って不味くできないだろ。他人食べさせるなら話は変わるけど、自分で作る分に関しては、自分に合わせた味付けにできるんだから」
真顔でそう言う夕也。
夕也の言葉は本心から出たものだった。
身近にいた天才――夕紀の手によって育てられた夕也。
彼の持つスキルは偏りがあり、決して万能とは言えないが、分野次第では他を寄せ付けぬほどの優れたモノを持っていた。
もっとも、そのスキルのほとんどは、夕紀が快適に暮らすために仕込んだ家事スキルなどに寄っているという点が少々憐れではあるのだが……。
しかし、持っているスキルが本物であることに変わりはなかった。
「いや、それ変。全然普通じゃないよ」
「普通だと思うけどな。美味いのレベルは違うかもしれないけど、不味いものを作る方が難しいだろ」
と、玲奈と夕也の主張がぶつかる。
ガヤガヤと、ああでもない、こうでもない――と、そんな言い争いが始まった。
勃発したのは、醜い争い。
周囲には人がいるため声は抑え気味だが、お互いに譲る気はない。
しかし、いくら声を小さくしていても、その様子はやはり周囲の目を引いてしまうもので――
そんな二人のもとに、ひとつの影が差し込んだ。
「――え?」
夕也と玲奈の姿を捉え、その言い争っている光景を目にすると、その人物は目を見開き、驚きの声を漏らした。
「……沙姫?」
河野玲奈と同じ、複数いるヒロインのうちの一人。
滝ノ宮沙姫がそこに現れたのだった。




