【夏休みとは、ヒロインが家に転がり込んでくる季節である】2
夕也と玲奈の共同生活が始まり、最初にやったことは玲奈が滞在する部屋の掃除だった。
「とりあえず布団だな。部屋は軽く掃除をすれば、一旦は大丈夫だと思うけど……他に何か必要なものとかはある?」
「んー、適当なテーブルとかがあれば助かるかな。まだやらないといけないことも残ってて、ノートPCは持ってきてるんだけど、リビングだと集中できなさそうだから、作業スペースが欲しいかも」
「了解。小さなテーブルなら物置にあると思うから、河野はテーブルを置きたい場所を決めといて」
両親が離婚し、使っていなかった父親の部屋を玲奈仕様に変えていく。
部屋に放置されていたベッドフレームには少々不格好だが、敷き布団を敷き、ソファーには、父親が家を出る前に買って放置されていた、新品のカバーをつける。
玲奈の希望であるテーブルは、夕紀が学生時代に使っていた白い小さなテーブルを使用し、それに合わせてリビングから既に玲奈のお気に入りとなっていた座椅子をもってくる。
必要なものを色々なところから集め、つぎはぎの部屋を作り上げていく玲奈と夕也。
時間はそんなに掛からなかった。
特にこれといったトラブルもなく掃除を進め、あとは玲奈が持ってきた私物を出すだけの状態になると、夕也はキッチンから飲み物を持ってきて、玲奈と共に作り上げた部屋で一息つく。
「案外早く終わったな」
「そうだね~、外もまだ明るいし。掛かった時間のわりには良い部屋ができたね」
「色々と変な部屋になったけどな」
色もデザインも全てちぐはぐ。
統一性を一切感じない、つぎはぎの部屋。
それはまさに違和感という言葉がよく似合う部屋だった。
「特にベッドね。うち、ベッドの上に敷き布団が敷いてあるのなんて初めて見たよ。サイズも合ってないし」
普段味わえないような非日常感にワクワクしているのだろう。
その表情は心底楽しそうなものだった。
「そのベッドのマットレスはもう捨てちゃったからね」
「十分だよ。これはこれであり。見た目はちょっと面白いけど、寝る分には問題なし!」
「ここで二週間、過ごせそうか?」
「うん! むしろ夏休み中、ずっといたいくらいだよ。この子もいるし」
玲奈は座っていた座椅子を撫でる。
なぜ、そんなにもその座椅子を気に入っているのか。
夕也には理解できなかったが、そこは玲奈――深く考えても無駄である。
「でも……本当に助かったよ。桐原がいなかったら、マジでヤバかった。だから……その、ありがとね」
そう言ってニコっと笑い、真正面から夕也を見つめる玲奈。
夕也は気づかれないように少しづつ、それでいて確実に……視界の中心点をずらした。
目を合わせ続けることなんてできなかった。
(相変わらず、見た目だけは無駄に良いよなぁ……そんでもって、その笑顔。無自覚っていうのが余計に質が悪い……)
河野玲奈。
色々と残念な性格をしているが、その正体は正真正銘のヒロイン。
その笑顔の攻撃力は凄いものがあった。
夕也はいつも通りの自分を演じることに精神を注ぐ。
「いや、それはもう気にしなくていいよ」
「そんなわけにはいかないよ。本当に助かったんだから」
「だったら、これからの二週間、家事とか色々手伝ってくれ」
「うん! それは任せて欲しい! 料理はできないし、洗濯も、掃除もあんまりできないけど、荷物持ちとかならできるから!」
と、やる気の炎を燃やす玲奈。
正直、荷物を持つくらいなら一人で十分事足りる。
しかし、そのやる気を削ぐのもどうかと思った夕也は、「そのときは頼んだ」と言い、頷いて見せた。
「そんじゃ、俺は自分の部屋に戻るけど、何かあったらスマホ鳴らしてくれ」
「了解! ……あ、夕食の買い出しに行くときは呼んでね」
「あいよ。それじゃ、そのときは声かけるわ」
こうして玲奈が二週間滞在する部屋が完成した。
様々なことが嚙み合って始まった共同生活。
もしも、夕也が親戚の家に行っていたら――そもそも、夕也と玲奈が紫苑祭で出会っていなかったら……玲奈はどうなっていたのだろう。
無一文で食べるものも確保できず、人知れず、ただジッと家族が帰ってくるのを待ち続けていたのだろうか。
ヒロインのトラブルを解決するのは、いつだって主人公の役目である。
何か問題が起きれば共に解決し、ヒロインが困っていればそれを助ける。
今回の騒動。本来なら玲奈を助ける役割を持っていたのは夕也ではなく、弘斗だったのかもしれない。
夏休み。
トラブルが起き、主人公の家に転がり込んでくるヒロイン。
それは、物語ではよくあるイベントだと言えるだろう。
しかし、彼女は――河野玲奈は主人公に選ばれなかった。
選ばれていないのだから、主人公が助けることもない。
当然、二人の物語が始まることもない。
――主人公に選ばれなかったヒロインってどうなんの?
それは以前、夕也が疑問に思ったこと。
解決できぬまま苦しみ続けるのか。
それとも、自らの力だけで乗り越えるのか。
もしくは主人公以外の第三者、自身が抱えている問題を共に解決してくれるような誰かが現れるのを待つのか。
夏休みはまだ始まったばかりである。
そして――
「河野ー? そろそろ夕食の買い出しに……」
「……んにゃ……んん」
ゴロンと床に転がり、完全に爆睡していた玲奈。
先程まで手伝うのだと、やる気を出していた人間の姿はどこにもなかった。
夕也は静かにドアを閉めると、一人でスーパーまで買い出しに出かけるのだった。
やはり玲奈は玲奈である。




