【そのお出掛けは禁忌です】4
食事を終え、巴川の遊歩道を散策していた玲奈と夕也は、一休みをするために、”あずま公園”という小さな公園に立ち寄っていた。
巴川の遊歩道から脇道に逸れて徒歩で約10秒。
ほぼ隣接していると言っても過言ではないその場所は、何か特別なものがある。
というわけではなかったが、どこか落ち着いた雰囲気と、公園内から巴川を眺められるという立地の良さから、一休みには最適な場所だった。
夕也は昼食を奢ってもらったということで、自販機で買ったジュースを玲奈に手渡すと、当然のように同じベンチに座る。
なんだかんだ二人の関係も深まったものである。
「うちが奢るつもりだったのに……でも、ありがとう」
飲み物を受け取った玲奈はそうお礼を言うと、パタパタと服を仰いで内側に籠った熱を逃がす。
いくら初夏とはいっても、夏は夏。
気温は相当なものだった。
「これくらいはさせてくれ。冷たいココアはなかったから、とりあえずお茶な」
「あ、うん。ココアは家で飲む。粉で業務用のやつを買い溜めしてあるし」
「本当にココアが好きなんだな」
「まぁ、そうだね。甘いものを飲むと、頭も回るし、リラックスできてアイディアも湧いてくるから、家でも外でも甘いものばっかり飲んでるよ」
玲奈はスマホを取り出し、写真フォルダーを開くと、自室の一角にある自作のドリンクコーナーを夕也に見せた。
「これ、自分の部屋?」
「うん。毎回、飲み物をキッチンに取りに行くのが面倒だから作ったんだよね。ホットはもちろん、冷たいのも小型の冷蔵庫に入ってるから、動かなくて済む。最高」
「……お菓子も常備してんの?」
写真に映っていた棚の上。
お菓子が山盛りに入っている籠を指差す夕也。
玲奈は頷く。
「それはそうだよ。必需品。主にクッキーとかの洋菓子メインで、スナック菓子とかは置いてないけど」
「へぇ~。って、こんなの作ってるから、財布がずっと寂しいんじゃねーの?」
「……作業の効率化のためだから。それに、これはそんなにお金は掛かってない。冷蔵庫は……まぁ、高かったけど、電気ポットは安いのをネットで注文したし、飲み物は業務用を買うことで費用を抑えてる!」
「ほう。じゃあ、お菓子は? このクッキーってスーパーのやつじゃなくて、駅前の洋菓子店のやつだよな?」
「自分へのご褒美。普段はスーパーのやつ」
「それにしては量が多いような気がするんだけど……これ、箱買いしてるよな?」
「……まぁ、いいじゃん。甘いもの最高。ついでに言うと、洋菓子を専門に扱ってるお店のクッキーは最強」
開き直る玲奈。
好きなものには優先的にお金をかける。
ヘッドホン、イヤホン、お菓子。
それが玲奈の生き方である。
そして――
「こんだけ色々買い物してるんだったら、服の一つでも買えばいいのに……」
そんな夕也の言葉に対して玲奈。
「うち、服にあんまり興味ないんだよ。それより買いたいものがたくさんあるし」
自分が不要だと思ったものには、とことん興味がない。
時間もお金も費やさない。
どんなにだらしないと言われても……それを曲げないのが玲奈なのだった。
「滝ノ宮に怒られるぞ?」
「……もう遅い。怒られ済み。ドリンクコーナーを作ったとき、沙姫に自慢したんだけど、すぐに撤去を命じられた。必死に抵抗して死守したけどね」
(……あのときの沙姫は怖かった。うちが外行きの服すら持ってない状況だったから怒るのも仕方ないと思うけど。でも……言い方とその時の顔は……本当に怖かった)
玲奈は当時のことを思い出し、体を震わせる。
そして、それを見た夕也は玲奈に対して、まるで――いや、明確に残念なものを見るかような視線を向けてきた。
「あんまり周りを心配させんなよ。泉藤とかずっと河野のこと心配してるだろ」
「それは……確かにそうだね。でもさ、お洒落な服を着たところで何か自分にプラスになるとは思えないんだよ。男子にモテたいとか、そういう願望もないし」
玲奈が服に無関係な理由。
それは、そもそも異性が苦手……どころか人自体が苦手という理由が根底にあった。
確かにお洒落な服を着て、自分のモチベーションを上げているという人もいるだろう。
しかし、玲奈にそれは当てはまらない。
お洒落な服をわざわざ着るくらいなら、動きやすいスウェットや、パーカーを選ぶような人間なのだ。
では自分を表現するために服を買う?
極力目立ちたくない玲奈に、その思考はない。
それすなわち、玲奈はTPOを最低限満たしていれば、どんな服でも構わないと思っていたのだった。
「本当に勿体無いよなぁ~、ちゃんとすれば彼氏くらい、いくらでもできそうなのに」
「別にいらないからね。ま、好きな人ができたら、うちもお洒落な服を買ったりするんじゃない? それがいつになるか分からないけど」
玲奈は適当にそんなことを言うと、手を上に掲げて体をグーと伸ばす。
今日は沢山歩いたからだろうか。
結構疲れているのが自分でも分かった。
(これ、ずっとここに座ってると、動くのが億劫になるやつだ……)
玲奈は気合を入れるように足にググっと力を入れると立ち上がる。
「そろそろ休憩を終わりにして、デパート行こう」
「そうだな。ここに居ても眠くなるし」
ベンチから立ち上がった夕也が自分の隣に並んだことを確認すると、二人は歩き出す。
すると、不意に夕也は強い日差しを放っている太陽を見ながら、こんなことを呟いた。
「……そろそろ夏休みか」
「そうだねぇ~、家族は旅行に行くみたいだけど、うちは行くつもりないから……なにしようかなぁ~」
「河野もか。俺も同じだよ。父親は知らないけど、姉と母親は親戚の家に行くって言っててさ。で、俺は家で待ってろって姉に言われてるから――夏休みは家で一人だ」
「そっかぁ~、お互い、夏休みは一人で過ごすんだねぇ~」
休憩を挟んだからか、ポヤポヤしながらそんなことを話す二人。
――彼らは知らない。
夏休みは、物語では欠かすことのできないイベントが乱立しているということを。
そして、ヒロインの一人である玲奈もまた、多くのイベントが待ち構えているということを――彼らは知らないのだ。
河野玲奈は主人公に”選ばれなかった”ヒロインである。
もし弘斗に選ばれていたとしたら、今この瞬間も、玲奈は夕也と一緒にいることなく、弘斗と共に数々のイベントをこなしているはずだった。
しかし、彼女は選ばれなかった。
本来なら主人公である弘斗と共に解決するはずだった問題も、彼女は選ばれなかったがゆえに、放置されている状況なのだ。
つまり――自身の抱えている問題は何一つ解決していない。
そんな彼女に待ち受けている、夏休みという大イベント。
逃げることは運命が許さない。
抱えている問題を……身に刻まれている運命《キャラ設定》を放棄なんてできるはずがない。
それはヒロインの責務。
それは……運命を進めるために必要なプロセス。
果たして、選ばれなかったヒロインは自分の運命《設定》を乗り越えられ――
「おっと! 転ぶところだった! ギリギリセーフ!」
――――乗り越えることができるのか。
モブとヒロインによる夏休みが、もうすぐそこに迫っていたのだった。
仕事が忙しく間が空いてしまいました。
今日はあと四話ほど投稿する予定ですので、お付き合い頂けますと幸いです。




