【そのお出掛けは禁忌です】3
巴川。
この町を象徴するランドマーク的存在であり、伝えられている歴史や、地域にまつわる話を交えながら、町を案内する遊覧船が運航されていたり、春には桜、五月のこどもの日には鯉のぼりがといった感じで、季節ごとにその表情を見せてくれる川である。
川沿いには遊歩道が整備されており、和の趣を感じさせる町並みや小さいながらもお洒落な店を楽しみながら歩くのが、この町ならではの観光スタイルだ。
そんな人々に親しまれてきた巴川。
食事を終えた玲奈と夕也は、今まさにその両岸にある遊歩道を並んで歩きながら、そのゆったりと流れている時間を満喫していた。
「美味しかったね」
「そうだなぁ~、久しぶりに外食をしたけど、外で食べるのもたまにはいいかもしれない」
「普段は外食しないの?」
「んー、そうだな。自分で作った方が安いし、自分好みの味付けが自由にできるから、基本的には家で作って食べてる」
夕也の言葉を聞いた玲奈は目を見開き、驚いて見せる。
「桐原って……料理できるの?」
「まぁ、それなりに?」
特に気取った様子もなく、そう答える夕也。
対して玲奈は、
「え? カップラーメンにお湯を入れる――みたいな、よくあるテンプレじゃなくて?」
信じられないと言わんばかりの表情を浮かべた。
玲奈は料理どころか、家事全般が苦手だった。
料理をすれば食材はゴミと化し、掃除をすれば、掃除をする前よりも散らかってしまう。
洗濯機を回したこともないし、洗い物も片手で数えられるくらいしかやったことがなかった。
彼女は同年代で家事ができる人物がいるということを信じていない。
伝説上の――それこそ物語の中でしか存在しないと思っていたほどだったのだ。
「失礼だな。普通にできるよ。それこそ両親が離婚するまでは、夕食の料理担当は俺だったし、母親と二人で暮らすようになってからも基本的に俺が作って……る」
そう言いながら、なぜか表情を青くさせる夕也。
心なしか震えているようにも見えた。
(もしかして……地雷踏んじゃった?)
”離婚”というワードに反応する玲奈。
「ごめん、聞いちゃダメなこと聞いちゃったよね」
アワアワとテンパった様子を見せると、謝罪の言葉を口にする。
基本的にダメダメな玲奈ではあるが、そんな彼女でも悪いことをすれば謝ることはできる。
むしろそういう空気に敏感なのが、河野玲奈という人物だった。
「いや、そっちは別にいい。離婚っていってもお互いに仕事が忙しくての円満な離婚だったし、不思議と離婚してからの方が仲が良くなってる感じもするから」
「じゃあ、なんで震えてんの? 顔も青くなってるし」
「ああ、両親は別にいいんだ。それより――うちには大魔王がいてな。なんでもかんでも命令してきて、家事は全部俺がやってた……いや、やらされてたんだよ」
「……大魔王?」
夕也の言葉が理解できなかった玲奈。
キョトンとした表情を浮かべる。
すると、
「そう、あれは大魔王だ。なにで挑んでも勝てない。世の中の理不尽をギュっと詰め込んだような……そんな存在だ。まぁ、俺の姉なんだけど」
口元を引き攣らせ、苦笑いをする夕也。
その様子からも、夕也が姉に恐怖を抱いているのだということが分かった。
「……桐原のお姉ちゃん? 怖い人なの?」
「怖い。色々な意味で怖い。水之崎の大学に通ってるから、もし会うことがあったら、注意した方がいい」
真顔でそんなことを言う夕也。
(桐原がそこまで言う人って……お姉ちゃんの話をしだしてから、明らかに様子がおかしいし……)
まだ会ったことすらない、夕也の姉――夕紀にビビる玲奈。
「あ、でも、河野は俺の姉と会うのはありかもな。色々と正してくれそうだし」
「……遠慮したい、かも。桐原がそこまで言うってことは、凄い人なんでしょ? 私なんかが会っちゃダメでしょ」
”凄い人”。
そう言葉をやんわりと建前で包む。
直接的な表現は憚られた。
「まぁ、凄い人っていうのは否定しない。でも、服装から髪型、肌のケア、姿勢、価値観、思考……全てを正してくれると思うぞ」
「なにそれ……価値観? 思考? 桐原のお姉さんに言っていいのか分かんないけど……本当に怖い人じゃん」
「まぁ……うん。否定はしない」
そう断言する夕也。
玲奈は――
(うん。絶対に会わないようにしよう)
そう心に決めた。
決めたのだが、
「俺の姉……夕紀って名前なんだけど、確か文化祭の――いや、大学の場合は学祭か。それの実行員になったって言ってたな」
「……へ? マジ?」
一つの可能性が浮かんだ玲奈は、ビクっと肩を揺らした。
「マジ。なんかそんなこと言ってた気がする。アレだろ? 水之崎の秋の文化祭って中、高、大の合同でやるんだろ? 場所は違うけど、同日開催的な感じで。実行員が合同で仕事するかは知らないけど、もしかしたら、会うことになるかもな」
今度は玲奈がプルプルと震え出す。
その顔色は夕也同様に青ざめていた。
「でも、まぁ、悪い奴じゃないし……姉とはいえ、俺にとっては師同然の人だし……会って損はないと思う。気付けば水之崎のてっぺんを取っていてもおかしくない人だし、知り合いになっておけば色々と助けてくれるよ」
(だから、それが怖いんだけどなぁ……、なに? 水之崎のてっぺん? 怖い、怖い、怖い。実行員……辞退できないかなぁ……)
「そ、そうだね。もし会ったら挨拶してみるよ。顔見せくらいは……しておいた方が良さそうだし。お友達ですよ~ってね。まぁ……そんな凄い人から覚えられる自信はないけど」
玲奈は自分が”やらかす側”の人間であるということを知ってる。
だからこそ、何かの間違いで、嫌な印象を持たれたら最悪だと思った玲奈はそう言った。
しかし――
「あー、実は……もう知ってる」
と、どこか気まずそうに言う夕也。
玲奈の頭上に疑問符が浮かんだ。
「へ?」
「俺の姉は河野のこと、もう知ってるんだ。会ったことはないって言ってたけど……」
「なんでっ!?」
それは当然の疑問だった。
声を荒げるのは十分な理由だった。
「俺も分からん。ただ……河野もそうだけど、滝ノ宮、泉藤、鳴海。あとは……広瀬のことも……なんか知ってるみたい」
「……ちなみに聞くけど、お姉ちゃんは内部生?」
「俺と同じ外部生。まだ学校に通って三ヶ月くらい」
「友達の内部生の人に教えてもらった……とか? ほら、うちはともかく他のメンバーは目立つし」
「いや、俺もそれを疑って、一番に聞いたんだけど違うって」
「……えぇ~。なんか……普通に怖いんだけど」
「な? 怖いだろ? 他にも――」
夕也はこれまであった姉――夕紀の伝説を語り始める。
中にはありえないと思うようなこともあったが、夕也の様子から嘘をついているようには見えなくて、
(実行員で、もし会う機会があったら挨拶をしよう。真っ先に挨拶をして、絶対に粗相をしないようにしよう……)
玲奈はまだ見ぬ夕也の姉――夕紀に対し、心の中でそう決意を固めるのだった。




