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主人公に選ばれなかったヒロイン、要らないなら貰います  作者: 西藤りょう


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【壁の内側】4


「な、なんで……それを……」


 夕紀から”四水姫”というワードが出るとは思っていなかった夕也は目を見開き、夕紀を見る。


 無理もなかった。

 夕紀は水之崎の学生ではあるが、付属ではなく大学の方に通っている上に、夕也と同じ時期――つまりは三か月前に大学から入学した外部生である。


 四水姫と同じクラスだった夕也ですら、その存在を最近知った。

 それなのに……夕紀は四水姫を知っている。

 その事実に夕也は強い驚きを覚えた。


(夕紀のこの感じだと多分、四水姫が誰のことを指しているのか、そして、どんな奴らなのかくらいは、すでに知っていそうだな……)


 一体どこでその情報を入手したのか。

 夕紀の底の見えなさに恐怖する夕也。


「ふふ、その顔! やっぱり夕也は可愛いなぁ~」


「いや、普通にビビるだろ。なんで知ってるんだよ? 大学でも話が回ってんの?」


 それは一番ありえそうな可能性。

 しかし――


「んーにゃ、そんなことはないよ。まぁ、水之崎は中、高、大の一貫校だから、私の同級生でも四水姫を知ってる人はいるかもしれないけど、わざわざ話題に出す子はいないかなぁ~」


 そう言って、楽しそうにその可能性を否定する夕紀。


(じゃあ、なんで知ってんだよ!? はぁーーー、マジで分からん!)


 夕紀はいつもそうだった。

 彼女はまるで、なんでも知っているかのように振る舞う。


 実際、蓄えている知識は豊富であり、予測する能力もずば抜けているから、それはポーズなのか、それとも本当に知っているのか。

 夕也を含め、周りの人間には判断ができないのだ。


 そして、何よりもたちが悪いと感じさせるのは、纏っている雰囲気だった。

 その余裕そうな態度が、全能感を周囲に感じさせるのだ。


 そして……そうなると毎回、振り回され玩具に成り果てる夕也。

 文字通り可哀想な弟である。


「一人の男の子を中心に集まっている四人の可愛い子。随分と変な状況だよねぇ~」


 ケラケラと楽しそうな笑い声をあげながら、ご機嫌な様子を見せる夕紀。


 許されるなら殴りたい。

 夕也はつい、そう思ってしまう。

 それほどまでに、神経を逆撫でするような笑い声だった。


「マジでどこまで知ってんだ? っていうか、どこでそれを……」


「ただ知ってるだけだよ」


「だからそれが意味分からん! 知ってるってなに!? 情報源は!? どこまで知ってる!?」


「んー、夕也が理解できる範囲で話すなら、直接会ったことはないけど、四水姫って呼ばれてる子たちなら全員知ってるかな。あとは――その子たちに囲まれてる男の子が、どんな子なのかも一応は知ってるよ」


「全部じゃん! 全部知ってんじゃん! 俺、夕紀が知らないことが知りたいよ……」


 髪をガシガシと搔きむしる夕也。

 生まれてこの方、夕紀には振り回されっぱなしである。


「ふふ。私は特別な存在だからねぇ~、沢山のことを知ってるよ。でも、そうだなぁ……私が知らないことかぁ~」


 夕紀は考えるような仕草を見せる。

 そして一瞬、夕也に視線を向けると、彼女は言葉を続けた。


「夕也が今、四水姫の子たちと、どんな感じなのかは知らないかなぁ。あの子たちとはもう話したの?」


「いや、話したことはない」


 夕也は息をするように嘘をついた。

 沙姫や香織ならともかく、玲奈との関係がバレるのはよろしくない。という判断からの嘘だった。

 しかし――


「嘘だねぇ~、甘い、甘い」


 バレた。

 すぐにバレた。

 瞬殺だった。

 

「だから、なんで分かる!?」


「んー、秘密。それを夕也に教えちゃうと対策されちゃうでしょ? わざわざ持ってるアドバンテージを手放したりはしないよ~」


 やはり夕紀には勝てない夕也だった。


「で、誰と話したの? もしかして、もう付き合ったりしてるとか?」


 ワクワクしていることが分かる声色。

 完全にお楽しみモードである。


「付き合ってない。少し話したことがあるだけ」


「ふーん。そっか、そっか――」


 ニヤリと夕紀が笑う。


 夕也の背中に冷や汗が伝った。

 危機が迫っていると本能が告げていた。


「……鳴海なるみまりん」


「なに言って――」


「んー、この反応は、まりんちゃんとは話したことはない感じかなぁ~。どう? 当たってる?」


(怖い、怖い、怖い! だからなんで分かるんだよ!? それはもう超能力だろ!? あーーー、もう! このあとの展開がなんとなく読めたわ……)


 夕也は崩れ落ちる。

 しかし、まだ諦めてはいけない。

 抵抗は続けるべきである。


 まだ一番の爆弾はバレてないのだから……。


 夕也は表情を隠すように顔を伏せ、床だけを見る。

 すると――


「それ、禁止。お姉ちゃんに可愛い顔を見せて?」


 顔をグっと掴まれ無理矢理、表情を見られる。

 

「ちょ! やっぱり表情か? 表情を読んでたのか!?」


「当たり前じゃん。私は魔法使いじゃないからね。流石の私でも表情を見ないと何も分からないよ」


(いや、表情で考えを読めるのだって十分異常だよ……俺からしてみれば魔法と何も変わらない……)


 と、心の中で呟く夕也。

 やはり夕紀は天才である。


「じゃあ、続きね」


「……まだやんの?」


「もちろん!」


 そう言って、ふぅーと、集中するように息を吐く夕紀。


泉藤香織せんどうかおり


「…………っ」


「お! おお~、夕也?」


「……なんだよ」


「あはは、そんなにふてくされないで、ね?」


「ふてくされてない」


「嘘だね。私に嘘は通じないよ。そして、夕也的に香織ちゃんは”あり”――と。香織ちゃんみたいな子がタイプなんだねぇ~」


「俺の心を読むな! マジで……もう、マジでやめて」


(だから……なんでそこまで分かるのだろうか……もうホント、この姉、ヤダ……)


 当然だが、それは夕也しか知らないことだった。

 四水姫の中で夕也が一番好ましく思っていたのは、


 主人公に選ばれなかったヒロイン、まりんではなく、

 男女共に人気のある沙姫でもなく、

 一番関係値がある玲奈でもなく、

 優しげな雰囲気を醸し出している、しっかり者の香織だった。


「んー、さっきの反応的に夕也が隠してたのは、香織ちゃんのことだったのかなぁ~?」


 表情を読もうとしてくる夕紀。

 夕也は体を捻り、夕紀の手から逃れると距離を取った。

 そして――


「もうやめだ、やめ」


「えぇー、まだ玲奈ちゃんと、沙姫ちゃんを確認してないのに?」


 顔をプクーっと膨らませる夕紀。

 明らかに不満そうな表情だが、これ以上は付き合いきれなかった。


「もう十分だろ」

 

「んー、まぁ、いっか。夕也のタイプは知れたしね」


 夕紀はそう言ってニコニコな笑顔を浮かべる。

 一旦はそれで納得してくれたようだ。


(あっぶねー! マジで危なかった!)


 夕也は心の中でそう叫ぶ。

 それはそれは、めちゃくちゃ叫んだ。

 理由は一つ。


(河野のことがバレてたら、ヤバいことになってたぁ! セーフ! マジでセーフ! 河野のことに比べたら、俺の好みがバレたことなんて些細なことだろう! あー、危なかった!)


「……ん~? なんか夕也が怪しい。やっぱり他に何か隠してる?」


「いや、特になにも。って、この嘘もバレるのか……本当に敵わないな」


「ふふふ、お姉ちゃんは特別、スペシャルウーマンだからね。で、何を隠してるの?」


「流石にこれは秘密にさせてくれ」


 真剣な表情でそう頼む夕也。


 夕也は知っている。

 夕紀は一見、意地悪な姉のように見えて、実は弟には甘いということを……。

 そして、スイッチが入ると面倒極まりないが、一度そのスイッチが切れると、それまでの興味を失くし、深追いはしてこないということを……。

 夕也は知っていたのだ。


「しょうがないなぁ~、まぁ……色々進むのはこれからだろうし、今は見逃してあげる」


 そう言った夕紀は『私は弟に気を遣える素晴らしい姉である!』とでも言わんばかりにウンウンと何度か頷いていた。

 自画自賛もいいところである。


「あーーー、マジで疲れた!」


「今回の勝負も私の勝ちだね」


「正直、勝てる気がしない……やっぱり夕紀はすげぇよ。どうやったら夕紀みたいになれんの? 同じようになれる気がしないんだけど」


 それは心から思ったことだった。

 そして過去、何度も思ったことだった。


「私は特別だからねぇ~、だから夕也は自分の優れていると思ったところを伸ばした方がいいよ。私を目標にしちゃダメ」


「そうは言ってもさ、やっぱり……憧れるよ」


「ふふ。嬉しいことを言ってくれるねぇ~。でも……私は特別な存在だから夕也は私みたいにはなれないよ」


「特別、特別って……何が違うんだ?」


 ことあるごとに”特別”というワードを使っている夕紀。

 それは昔からだった。

 もはや口癖と言っても過言ではないほど、夕紀は”特別”というワードを好んで使っていた。


「んー、これを言語化するのは難しいなぁ……なんて言えばいいんだろう」


「生まれ持った才能のことを言ってる? それなら俺でも理解できるけど」


「才能、ね。確かにそれもあるんだろうけど……私の特別はそんな話じゃなくてね……えっと、うーん」


 顎に手を添えて、悩みのポーズを見せる夕紀。

 考えること数秒。

 夕紀は普段見せないような表情を浮かべると、


「ヒントは”第四の壁”。これ以上は秘密かな」


 それだけ言って、あっさりと話を打ち切ってしまう。


 ――第四の壁。


 それは舞台や演劇などにおける見えない壁のことで、登場人物と観客の間にある境界線を指す言葉である。


 夕也は、その言葉の意味を知っていた。

 だが、その先――夕紀がその言葉に含ませた真意を読み取ることができなかった。


 そして、なにより夕也の理解の外側にある事柄が一つ。


 ――湖月夕紀こづきゆき


 湖という水に関する苗字を持ち、普通とは違う強い個性を持つ人物。

 彼女もまた、四水姫と同様に複数いるヒロインの一人であるということを――夕也は知る由もなかったのだった。

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