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主人公に選ばれなかったヒロイン、要らないなら貰います  作者: 西藤りょう


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【壁の内側】3


 桐原夕也のこれまでの人生は、波乱万丈とはほど遠い、物語には到底ならないような、ごく平凡なものだった。

 

 だが、そんな彼の人生において、何か特別なものがあるとすれば――それは、稀有けうな才能を持つ姉、夕紀ゆきの存在にほかならないだろう。


 思考、知識、物事の捉え方――

 そのすべてが常人とは異なっていた。


 何か行動を起こせば、必ず一定以上の結果を出した。

 まるで未来を見通しているかのように、成功をその手に納めてきた。

 

 文字通り、夕紀は天才という存在だったのだ。


 夕紀は平凡な夕也に様々なことを教えた。

 物事の考え方、結果を出すための道筋、そして――何かを変えるためには何が必要なのかを……夕也に叩き込んだ。


 ゆえに夕也の価値観、思考、そして性格は、他人とはどこか違っている。

 しかし、夕也は夕紀と違って天才ではない。


 半端で未完成。

 端的に言えば――変に拗らせている人間なのだが、その哲学めいた教えは今現在でも夕也の基礎、土台となっていた。


 夕紀は夕也にとって”姉”であり”師”でもある。

 それは両親が離婚し、”別々の姓”を持つようになった今でも変わらない。

 そして今――


「遅い」


 姉である”湖月夕紀こづきゆき”は、夕也の部屋のベッドに座り、学校から帰宅する愛する弟を待ち構えていた。


「……なんでここにいる?」


「別に。ただお母さんに用があっただけ」


「あっそ、リビングにいればいいじゃん」


「そんなの私の勝手。っていうか、なに? 入っちゃダメな理由でもあるの?」


 夕紀は夕也をギロリと睨む。

 それにたじろぐ夕也。

 力関係は火を見るよりも明らかだった。

 

 重い雰囲気が立ち込める夕也の自室。

 夕紀はニヤリと嫌な笑みを浮かべると、


「あ、でもそっか。夕也はもう高校生だもんねぇ。反抗期? ねぇ、反抗期なのかな? それとも思春期的なアレがある感じ?」


 茶化すような口調でそう言ってくる。

 夕也は表情に出すことなく、心の中で舌打ちをした。 


(……夕紀の質の悪さは健在か。だから部屋に入れたくなかったんだ。夕紀と一対一は色々としんどい)


「思春期的なアレは無いし、反抗期でもない。ただ、なんで俺の部屋にいるのか聞いただけ」


「相変わらず夕也は冷めてるねぇ~、私のせいってのもあるんだろうけど……もっとコミュニケーション能力を鍛えた方がいいと思うよ?」


「うるさい。余計なお世話だ」


「ふふ。強がっちゃって、可愛いねぇ~。ま、昔の夕也はもっと可愛かったのに。事あるごとにお姉ちゃん~って甘えてきてさ」


 夕紀は足を組み、手で頬を支えるような姿勢を取る。

 そして夕也に視線を送ると、意味ありげな表情を浮かべて言葉を続けた。


「学校はどう? 楽しい?」


「別に普通。強いて言うなら水之崎の独自の文化は慣れないけど……まぁ、困っているのはそれくらいかな」


「そっか。まぁ、夕也は外部生だし、そうなるだろうなぁ~とは思ってたけどね。水之崎は色々と変な学校だし。でも――これからはもっと大変になるよ」


「なに他人事みたいに言ってんだ。水之崎を勧めてきたのは夕紀だろ」


 夕也はそう言って夕紀を睨む。

 元々の予定では、近くの公立高校に進学するつもりだった夕也に、水之崎付属を勧めたのは誰でもない、夕紀だった。


 いや、”勧めた”という言葉では生ぬるい。

 水之崎に行くようにと、ほとんど強制に近い命令を下してきたのだ。


「おー、怖い、怖い。そんなに睨まないでよ」


「それくらいの権利はあるだろ。受験、大変だったんだぞ」


「偏差値の高い進学校に通えたんだからいいじゃん。そんなことよりさ、クラスに可愛い子はいる? 好きな子とかできた?」


 夕紀は再度、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。

 弟の反応を見て楽しんでいるということは容易に察することができた。

 いつの時代も弟は姉の玩具である。


「そんなのはいない、っていうか、もしそんなのがいたとしても、わざわざ姉に言う奴はいないだろ」


 と、ささやかな抵抗を見せる。

 玩具だって時には反発くらいはするものだ。


 夕也の抵抗に対して、なぜか夕紀は小さく笑う。

 それは茶化すような嫌な笑みではなかった。

 ただ、面白いものを――funny(ファニー)ではなく、|Interestingインタレスティングの感情を含んだ笑みだった。


「……四水姫しすいひ


 ボソっと小さく呟くように、その単語を口に出す夕紀。

 直後――その言葉を聞いた夕也の顔が酷く歪むと、その反応を見た夕紀は待ってました! と言わんばかりに、ニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべるのだった。


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