迎え
◯
神楽が終わると、狭野はすぐさまあの河川敷へと向かった。狩衣姿のまま、片足を引きずりながら急いで参道を戻る。
早く、霧島を迎えに行きたかった。
あんな暗い場所に、女の子を一人にさせておいてはいけない。額から滲む血を拭いながら、少しでも早くと歩を進める。
やがて鳥居の所までやってくると、狭野の眼前にはいつもの風景が開けた。
太陽の光を失った川辺は暗く、淡い月の光と、遠い街の灯りがわずかに届いているだけだった。
こんな場所で、彼女は本当に自分の帰りを待っているのか。
暗闇の中、狭野が土手の上から見下ろしてみると、川べりにぽつんと人影のようなものが見えた。
「霧島?」
呼びかけてみると、人影はそれに反応して、その場に立ち上がったように見えた。
おそらく、彼女だ。
ひとまずホッと胸を撫で下ろす。
無事で良かった、と狭野が土手を下りていくと、こちらへ小走りで歩み寄ってくる彼女の姿が少しずつよく見えるようになった。
そうして露わになったその出立ちに、狭野は思わず目を見張る。
彼女が身に纏っていたのは、水色の浴衣だった。長く伸びた黒髪は後頭部へゆるく結い上げられている。
薄闇の中でもわかるほどの白い肌と、その顔は、まだ少しだけ幼さが残るものの、あの幽霊の少女とそっくりだった。
「狭野先生……!」
今にも泣き出しそうな声を震わせながら、彼女は狭野の腰へと抱きついてきた。
思いのほか強くしがみつかれて、まだ新しい傷があちこち痛む。
「! 先生、ケガしてる」
狭野が小さく呻いたのに気づいたのか、霧島は驚いたように狭野の顔を見上げた。その垂れ目がちで可憐な瞳には、うっすらと涙の雫が光る。
「このくらい平気だよ。それに——」
狭野は自分なりに精一杯の笑みを浮かべて、
「終わったよ。全部」
そう告げると、それまで不安の色に染まっていた霧島の顔が、みるみるうちに綻んでいった。
「よかった……」
心の底から安堵するような声を漏らしながら、彼女はゆっくりと狭野を解放した。
狭野は改めて彼女の姿を眺めながら、
「その、水色の浴衣は……」
ひどく見覚えのあるそれに目を細める。
「うふふ。これ、自分で繕ったの」
霧島はその場でくるりと一回転して、その愛らしい姿を狭野に見せつけた。
「キミは……幽霊じゃないよね?」
狭野は本気とも冗談ともつかない心持ちで尋ねる。
「幽霊でも、神様でもないよ。私は正真正銘の、霧島御琴」
言い終えるなり、彼女は両方の袖を少しだけ持ち上げて、身体を斜めに傾けてポーズを取る。
「似合ってる?」
「もちろん」
愛らしい、なんて言葉では物足りない。
子どもの頃に一目惚れした、彼女のその魅力のおかげで、狭野はここまで来ることができた。
「すごく、似合ってるよ」
水色の浴衣を着た、麗しい少女。
彼女の予言に導かれて、狭野は災いを回避することができた。
彼女への感謝と、懐かしい思いに胸を満たされながら、狭野は飾り気のない、素直な賛辞を彼女へと贈った。
「とても、綺麗だ」




