表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/49

思い出

 

「うるさい! 俺のことなんかどうだっていいだろう!」


 この期に及んで、一体何の心配をしているのか。


「どうでもよくなんかないよ。……キミが幸せになれなかったら、舞鼓が悲しむ」


 それを耳にした瞬間、記憶の片隅で彼女が微笑んだ。


 ——あなたもよ、龍臣。あなたも幸せにならなくちゃ。


 わかっている。

 彼女はそういう人だ。


「祓川。キミが不幸になったら……何も意味がない。舞鼓を幸せにしたいのなら、キミも幸せにならなきゃ」


「黙れ! もとはといえば君がいたからじゃないか!」


 荒ぶる感情に任せて、祓川はついに刀を抜いた。

 そしてその鋭い切っ先を、狭野の喉元へと突きつける。


 これで全てを終わらせる。

 狭野の呪縛から、高原を解き放つ。

 今ここで彼を殺せば、彼女は自由になれる——そう、わかっているはずなのに。


 なぜか、手の震えが止まらない。


「君は後悔していないのか、狭野。俺と関わらなければ、俺のことなんか放っておけば、こうして俺に殺されることもなかったんだぞ」


「それだと……キミの気が晴れないでしょ」


「なぜ情けをかける。こんな醜い人間に。俺は、君を殺そうとしているんだぞ! なのに、どうして」


 手汗で滑りそうになる柄を、固く握り直す。


 狭野は割れた面の隙間から、わずかに和らいだ目をこちらに向けながら答えた。


「……友達だから」


 トモダチ。

 およそ祓川とは無縁の言葉だった。


 けれど、無縁であるはずのその言葉を、子どもの頃にどこかで耳にしたことがある。


 ——祓川って、友達思いなんだね。


 あの日だ。

 三人がまだ小学生だった時分。祓川は父に黙って、狭野と高原を宝物殿へと招き入れた。


 あのとき狭野は、あろうことか祓川のことを『友達思い』などと評したのだ。

 幼い頃から神に仕え、友達など作れなかった自分に対して。


 ——とっ……友達じゃ、ない!


 自分には友達などいない。そう反論しようとしたものの、二人は聞かなかった。


 ——えー、友達でしょ? ねえ、笙悟。


 ——うん。僕は祓川のこと、友達だと思ってるけど。


 淀みのない声でそんなことを言われて、あのときの祓川は二の句が継げなかった。


 胸が高鳴った。

 あんな風に誰かと談笑するのは初めてだった。


 楽しかった。

 あの時間が永遠に続けばいいのにと思った。


 いつのまにか忘れてしまっていた思い出。

 それが今、鮮明な色を持って蘇る。


 あの日の二人は祓川のことを、『友達』だと、確かに言ったのだ。


「なんで……どうして。だって、何の利益もないじゃないか。君たちは俺に対して、特別な感情を抱いているわけじゃない。俺に愛想を振りまく必要なんてないし、それで俺に嫌われたって、君たちには何の関係もないだろう」


「……そんなに深く考えるようなことでもないよ。キミが辛そうにしているときは僕も心配になるし、笑っていてくれたらそれでいいって思う。友達って、そういうものじゃないの?」


「違う。違う、違う! 俺には友達なんていない。今までも、これからも!」


 勢いのまま、祓川は再び刀を掲げた。


「俺はずっと独りだったんだ。だから君とだって、絶対に友達なんかじゃない!」


 そうして一息に、渾身の力で腕を振り下ろした。


 研ぎ澄まされた刃が、狭野の眼前へと迫る。

 その様子を、狭野は何もかもを受け入れたような瞳で静かに見つめていた。


 ドッ、と重い音が辺りに響いた。


 刀の切っ先は、狭野の首の、すぐ隣の床へと深く突き刺さっていた。


「……祓川?」


 狭野に呼ばれて、祓川は返事もできなかった。床に刺さったままの刀から手を離し、狭野の隣へ、崩れ落ちるようにして膝をつく。


 最初からわかっていた。

 高原はこんなことを望んでいない。

 彼女はただ、ありのままで生きようとする人だった。


 この狭野のように。


「……笑えばいいさ、狭野。俺は今まで、独りで一体何をしていたんだろうな? 子どもの頃からずっと、何年も何年も鬼の面を被り続けて。いつのまにか、俺自身が鬼になってしまったらしい」


「……キミは鬼なんかじゃないよ。僕のことも、こうして許してくれたじゃないか」


 すぐ目の前にある刀を見つめながら、狭野は言った。

 その声で、祓川は自らがギリギリのところで踏みとどまったことを知る。


 ——お前は、私のようにはなるな。


 父の最期の言葉が思い出されて、情けなさでどうにかなりそうだった。

 あれだけ忠告されていたのに、あともう少しで、『友達』を殺すところだった。

 たまらず、目頭の奥が熱くなる。


 やがて何度目かになる笛の高音が雑木林に反響して。


 神楽囃子の音が、止んだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ