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縁結び

 

       ◯



 それから半年後。

 二〇二一年——令和三年、元旦。


 狭野は一人、あの神社を訪れていた。


 古くから地域に愛されたこの神社の境内は、今年も初詣客で溢れている。

 そしてここにいる誰もが、あの夏の夜のことを知らない。


 あの日、あの神楽殿の舞台で起こったことを知っているのは、狭野と祓川と霧島、そして、高原の四人だけだった。


 ——高原にはどうか、君の口から伝えてほしい。あの夜にあったことを全て、包み隠さず、正直に話してほしい。


 彼女に軽蔑されても構わないからと、祓川から頼まれて、狭野はその通りにした。

 事実を知った高原は驚いていたが、それについて特に何か言及することはなかった。

 その後の彼らがどうなったのかは、狭野は知らない。


 あの件で祓川は自首をすると言っていたが、それは狭野が止めた。

 せっかく、神様が悲劇を未然に防いでくれたのだ。その恩に報いるためにも、祓川にはこれからもこの神社の宮司として、街の人々に貢献してほしいと狭野は訴えた。


 その結果として、祓川は今もここで神様に仕えながら、人々に祈りを捧げる日々を送っている。


 そして、自分はといえば。


 あの神楽の夜を終えてから、狭野はぽっかりと胸に穴が空いたような、どこか空虚な毎日を過ごしていた。

 今まで予言のことばかり考えて生きてきたため、こうしていざそれを乗り越えてしまうと、途端に手持ち無沙汰になってしまう。


 予言がないと、自分はこんなにも空っぽな人間だったのだと、今さらになって気づかされたのだった。


「狭野先生ー!」


 と、どこからか聞き覚えのある複数の声が届いた。


 見ると、境内の奥から、四人の女子グループがこちらに駆け寄ってくるのがわかった。

 狭野が学校で担当している、六年生の子たちだ。クラスはバラバラだが、仲良しグループなのだろう。

 その中に、霧島の姿もある。


「あけましておめでとうございます!」

「先生も来てたんだね」

「一人で来たの?」


 霧島以外の三人が口々に言った。


 狭野は最初こそ彼女らと当たり障りのない話をしていたが、このご時世であまり集団で談笑するのは良くないと注意を加える。

 すると彼女らは少しだけ気まずそうに笑って、逃げるようにして今度は御守りの受付の方へと去っていった。


 霧島だけは何か言いたげに狭野の方をちらちらと伺っていたが、結局は何も言わずに他のメンバーの後を追った。


 その背中を見送って、狭野がそろそろ帰ろうかと踵を返したとき、


「えっ。高原先生!? どうしたの、その格好」


 そんな声が聞こえて、思わず足を止める。


 振り返って見ると、彼女たちの群がる受付の窓口に、見覚えのある顔があった。


 巫女装束に身を包んだ細身の女性。

 ガラス越しに見える顔は、間違いない。受付で御守りを販売していたのは、高原だった。


 彼女らのやり取りを聞いていると、どうやら高原は時々、仕事の合間を縫ってこの神社へ手伝いに来ているらしかった。


「えー、いいなあ。ここでお手伝いするってことは、龍臣さまと一緒にいられるってことでしょ?」


 女子の一人が羨ましげに言って、高原は苦笑する。


 そしてその直後、周囲から黄色い声が上がり始めて、どうやら件の宮司がその場に姿を見せたことがわかった。


(……なんだ。案外、仲良くやっているんじゃないか)


 これも神様の思し召しなのだろうか。

 やはり、縁結びの神の名は伊達じゃない。


「狭野先生」


 と、彼らに気を取られている内に、急にすぐそばから声を掛けられた。

 見ると、いつのまにこちらへ来たのか、霧島が隣から狭野を見上げていた。

 

「どうしたの、霧島。みんなと一緒に御守りを買わなくていいの?」


「先生、ちょっとだけ耳を貸して」


 珍しく、彼女は急かすように言った。どうやら他の子たちが見ていないうちに済ませたいらしい。


 狭野は言われた通りに膝を折り、霧島の口元へと耳を近づけた。

 霧島は首元のマフラーを少しだけ下へずらし、その赤い唇を露出させて、囁くように言った。


「私ね、……狭野先生のことが好き」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。


 えっ、と狭野が反応するよりも早く、霧島はあろうことか、狭野の頬へ触れるだけのキスをした。


「なっ……」


 思わず狭野が後ずさり、目を白黒させていると、霧島はにんまりと悪戯っぽい笑みを浮かべて、


「返事は、まだまだ先でいいよ」


 と、小悪魔っぽく首を傾げた。


「私、今はまだ子どもだから……高原先生には全然敵わないけど。でも、これからどんどん大人になって、もっと綺麗になったら、またこうして、もう一度先生に告白するから」


 彼女のそれは、まるで予言のようで。


「だから、そのときになったら……先生の返事を聞かせてね」


 言い終えるなり、彼女は照れ隠しのようにマフラーで再び口元を覆うと、足早に友達のもとへと戻っていった。


 いきなりの出来事に、狭野はぽかんとした顔のままま、その場に一人取り残される。


 その視線の先で、宮司の衣装に身を包んだ祓川が、周囲の人々へこの神社について説明した。


「この神社に祀られているのは、縁結びの神様です。古くは災いをもたらす荒ぶる神として恐れられていましたが、その御霊(みたま)を手厚く祀ったことで、非常に強力な守護神へと変貌を遂げたと伝えられています」


 彼の傍らで、高原は色とりどりの御守りを少女たちへと手渡す。

 そうして喜ぶ彼女らの姿を見て、穏やかに目を細めながら言った。


「明けましておめでとう。今年もみんなに、素敵なご縁がありますように」

 

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