桃色
なぜ、狭野のことが好きなのか。
そんなことは、高原からすれば愚問だった。
「笙悟はね……。私に、桃色が似合うって言ってくれたの」
「桃色?」
高原の予想した通り、祓川からは不思議そうな声が返ってくる。
「子どもの頃の話よ。小学校の、三年生か四年生くらいだったかしらね」
そう前置きしてから、高原は当時の様子を振り返った。
「あのくらいの年の女の子って、ファッションとか流行とか、そういうのに敏感になっていく過渡期なのよ。あの時期の私は、とにかく目立ちたがりで……。あるときにね、大きくて真っ赤なリボンを頭に付けて学校へ行ったの。後から思えば、すごく恥ずかしくなるくらい派手で全然似合っていなかったわ。でも周りの女の子たちはみんな本音を隠して、似合ってるよってお世辞ばかり言ってたの。そんな中で、笙悟だけが……」
今でも鮮明に覚えている。
誰もが高原を褒め称え、高原自身もそれを信じて有頂天になっていたところへ、彼だけは周りに流されず、はっきりと自分の意見を口にしたのだ。
——似合ってないよ、それ。
「……最初は私もね、何こいつって思ったのよ。でもそれから段々と冷静になってきたら、本当に笙悟の言う通りだった。全然似合ってなかったのよ。派手すぎて、頭のリボンだけが取って付けたように浮いてる感じ。不安になって、周りの子たちにも正直に言ってって詰め寄ったら、みんなも本当は同じように思ってたけど言い出せなかったって」
当時のことを思い出す度に、恥ずかしさで泣いてしまいそうになる。
それまでの高原は、友達の言うことは絶対だと信じていた。たとえ彼らに悪意がなかったとしても、あんな笑顔で嘘を吐くなんて考えもしなかった。
「いっぱい泣いたわ。恥ずかしすぎて、教室に戻れなかった。授業も無断で休もうとして、みんなが私を捜し回る事態になっちゃって。大事になって、余計に戻れなくなって……。最終的に、運動場の隅に隠れていた私を見つけてくれたのは、笙悟だった」
彼は一緒に戻ろうと手を差し伸べてきた。
もともと高原を泣かせた張本人ではあったけれど、彼はそんなことを微塵も気にしていないようだった。
彼は、泣かせた責任を取るためにそこへ来たのではなかった。
ただ純粋に、高原を迎えに来ただけだった。
——舞鼓には赤じゃなくて、桃色のほうが似合うよ。
高原がたまに使っていた髪飾りの中に、小さな桃色のリボンがある。それの方がずっと似合っていると、彼は言った。
——いっしょに帰ろう。まわりがどれだけ騒いでたって、気にしなければいいじゃないか。
彼から差し伸べられた手を、高原は握った。
そうして二人手を繋いで、彼らは教室へと戻っていった。
「私はね、笙悟の……いつだって素直なところが好きなの。ほら、笙悟って馬鹿が付くぐらい正直でしょう? 自分が思ったことをそのまま伝えてきて、本当にデリカシーがないのよね。すごく腹が立つこともあるわ。でも……そうやって飾らずに、正直に話してくれるのが好き。他人の意見に惑わされず、ありのままでいてくれる。だから私も、笙悟の隣では、ありのままの自分でいたいなって思うの。そうしている時が、一番心地良い気がするから」
と、あまりにも自分の話に浸っていたことに気づき、高原はハッと我に返る。
「あっ、ごめんなさい。長々と話しちゃって」
「いや、いい。……一途なんだな、君は」
言われて、頬が熱くなる。
ずっと片想いのままだとわかっているのに、それでも高原は狭野のことがこんなにも好きだった。
「高原」
再び祓川に名を呼ばれて、
「君は……、君だけは、幸せになってくれ」
どこか改まったようにそう言われて、高原は小首を傾げた。
なぜ、そんな寂しそうな声で、そんなことを言うのだろう。
まるで高原以外は幸せになれないとでもいうような、そんな響きが、彼の声に含まれているようだった。
だから、高原は言った。
「あなたもよ、龍臣」
自分一人だけが幸せになったって仕方がない。
誰もがみんな幸せになれるのなら、それが一番だと思う。
「あなたも、幸せにならなくちゃ。約束よ」




