父
記憶の中の父は、いつだって厳しい人だった。
——いいか、龍臣。学校は遊びに行く場所じゃない。授業を終えたら寄り道などはせず、まっすぐここへ帰ってくること。わかっているな?
物心がついた頃から、祓川は神社の外で遊ぶことを禁じられていた。
友達を作ることなどもってのほか。時間の許す限り、神様にお仕えすることが当たり前の生活だった。
母が死んだのは、祓川がまだ生まれて間もない頃だった。
従って母との思い出は一つもなく、厳格な父に育てられる環境の中で、家族との団欒などというものは存在しなかった。
神様のために生きる。
ただそれだけの毎日だった。
神様なんて、今まで一度だって、顔を見せてくれたこともないのに。
理不尽な境遇に抗うこともできず、信仰心も育めないまま、祓川は大人になった。
やがて神主としても一人前と認められるようになった頃、父の身体に癌が見つかった。わかったときにはもう手遅れで、余命いくばくもないことを知らされた。
息を引き取る数日前、痩せ細った父が最後に病床で話したのはこんな内容だった。
——お前は、神の存在を信じるか?
何を今さら、と笑いそうになった。
信じるも何も、その不確かな存在のために今まで人生を捧げてきたというのに。
——お前の母が死んだ時、私は神を呪った。……そして同時に、それまでの私自身の行いを悔いた。私の信心が足りなかったせいで、こんな悲劇を招いてしまったのだと。
父が言うには、母を失う以前の父は、あまり神仏などを信仰せず、日々の務めも手を抜くような無法者だったらしい。
その態度が神様の怒りを買ったのではないかと、父は後悔した。
——神への奉仕を怠ると天罰が下る。そう考えた私は日頃の態度を改め、お前のことも厳しく躾けた。まだ年端も行かない遊び盛りのお前に、一切の自由を与えなかった。そうすることで、結局……たった一人の家族であるお前から、笑顔を奪った。本末転倒な話だ。
最後の方は、声が掠れていた。何か心残りでもあるかのように、その表情は険しかった。
——人は誰しも、心の中に鬼を飼っている。鬼は私たちの心の在り方次第で、恐ろしい災いをも起こす。神はそれを知った上で、静かに私たちを見守っている。災いは神が起こすのではなく、私たち自身が招くのだ。……私は、自分の中の鬼に抗うことができなかった。お前の目に映る私は、さぞ本物の鬼のように恐ろしかっただっただろう。
まるでうわ言のようにか細い声で紡がれるそれを、祓川は黙って聞いていた。
父のそれは果たして息子に向けられたものだったのか、あるいはただ自分自身への言い訳として呟いているだけだったのか、祓川には判別がつかなかった。
——龍臣。
と、急に名前を呼ばれて、祓川は久方ぶりに父と目を合わせたような気がした。
——お前は、私のようにはなるな。……今まで、すまなかった。
およそ父の口から出たものとは思えないその言葉を、祓川はどう受け止めて良いのかわからなかった。
わからないまま、父は逝ってしまった。
それが、二〇一九年の夏——令和元年の、八月の終わりのことだった。




