転校生
◯
「ねえ、お母さん。今日、学校休んでもいい?」
「ええ? なに言ってるの。別に体調が悪いわけじゃないんでしょ。ズル休みはだめよ」
学校、楽しくないの? と母に聞かれて、霧島は首を横に振った。
本当は縦に頷きたかったけれど、そうするのは何となく恥ずかしいような気がして、できなかった。
「ほら、早く支度して。お母さんは先に出るから、鍵閉めお願いね」
母の出勤を見送ってから、登校用のカバンを手にして、しばし考え込む。
どうせ、学校に行ってもまた仲間はずれにされるだろう。そうして教室の隅っこに一人でいる霧島を見て、クラスメイトたちがクスクスと笑うのだ。
前の学校では、そんなことをするような友達はいなかったのに。
(やっぱり、行きたくないなぁ……)
ちらりとリビングの方を見ると、夜勤明けの父がソファの上でいびきをかいていた。傍らのテーブルには父のスマホが置かれている。
あのスマホから学校に電話をかけて、勝手に欠席の連絡を入れてしまおうか。
さすがに保護者の声でないことがバレると厄介だろうか――そう考えているうちに、気づけば霧島はまるで吸い寄せられるかのようにして、そのスマホへと手を伸ばしていた。
◯
ズル休みをするのは、生まれて初めてだった。
ゴールデンウィーク明けの、最初の登校日。
久方ぶりの学校に嫌気が差してしまったのは、きっと五月病のせいだろう、ということにしておく。
結局、霧島は父のスマホを拝借して、学校に嘘の連絡を入れた。
体調不良による欠席。電話口の教師には明らかに見抜かれていたけれど、無理やり押し通した。
どうせ、クラスに馴染めずに浮いている転校生が一日休んだところで、それほど気に留めることもないだろう。
それより今は何もかもを忘れて、自由を手に入れたかった。
誰にも笑われず、一人でゆっくりと過ごせる時間。
午前中はぶらぶらと当てもなく、気の向くままに街の中を散策した。大きな池のある公園をぐるりと回って、ウォーキングコースを突っ切り、それとなく目についたお店に片っ端から入ってみる。
時折、なぜこんな時間に小学生が、とでも言いたげな視線を感じることもあったが、気にしないフリをした。
やがて正午を過ぎると、腹の虫が鳴った。
ちょうど大きな川の近くを歩いていた霧島は、その河川敷の土手に腰を下ろして、本来は学校で食べるはずだった弁当をカバンから取り出した。
青く澄み渡る空の下、川のせせらぎと鳥の声を耳にしながら、のんびりと昼食をとる。誰にも笑われることのないその自由な時間は、心穏やかに過ごせる反面、わずかに人恋しさを感じさせた。
誰にも会いたくないとは思うものの、できるなら誰かにそばにいてほしいだなんて、矛盾している。
自分でも変だなと思いながら、霧島は川の向こう側に見える景色に目をやった。
向かいの河川敷の土手を登った先に、赤い鳥居が見えた。
周りを雑木林に囲まれたその神社は、この街のシンボルといっても過言ではない。
この辺りの地名がそのまま神社の名前になっているそこは、地方の観光スポットとしてもそこそこ有名だった。
夏にはここで神楽が披露され、この川沿い一帯は花火大会の会場となるらしい。
祭りの賑やかな様子を想像すると、霧島の胸は踊った。
ずらりと並ぶ屋台を見渡して、まずは何から買おうか、と悩む。わたあめも食べたいし、射的もやってみたい。できれば盆踊りも……なんて、考えるだけ考えてから、やがて我に返った。
どうせ、その時期になってもきっと友達はできないだろう。一緒に行ってくれる人がいなければ、祭りを楽しむことはできない。
今のように、こうして一人でいるのは楽だけれど、その代わりに、
(寂しいなぁ……)
拭いきれない孤独感が、どこからともなく身を包んだ。
重い気持ちのまま、仰向けに寝そべってみる。背中に雑草が当たってチクチクとしたけれど、案外寝心地は悪くなかった。
そのまま瞳を閉じてみれば、もう何も見えなかった。真っ暗な闇に包まれて、この世界には自分ひとりだけしか存在しないのではないか、と錯覚してしまう。
と、次に目を開けたときには、いつのまにか空は赤く、夕焼けの色に染まっていた。
「…………えっ!?」
少しだけ横になるつもりが、どうやら眠ってしまったらしい。
あまりにも一瞬の出来事にびっくりして、霧島は素っ頓狂な声を上げて上体を跳ね起こした。
今、一体何時なのだろう。
下手をすると、すでに門限を過ぎているかもしれない。
「や、やっちゃった……。早く帰らないと……!」
焦りのあまり、心の声がそのまま口を衝いて出る。慌ててカバンを手繰り寄せてその場に立ち上がろうとすると、
「……おかしいな。確か欠席の理由は体調不良だって聞いたけど、ずいぶんと元気そうだね」
と、急に後ろからそんな声が届いて、霧島はハッと息を呑んだ。




