未来
何か、彼女は勘違いをしている――そう思った。
「ふふ。わかったわ。それじゃあ……未来人の私が、特別に教えてあげる」
彼女はそう得意げに言って、にんまりとした笑みをこちらへさらに近づけた。
「私の生きている時代はね、『令和』っていうの」
「れいわ……?」
聞いたことのない響きだった。
「令和は、平成の次の元号よ。明治、大正、昭和、平成、そして令和。あなたはまだ知らないよね」
ふふっと上機嫌に彼女が笑う。
狭野は言われたことの意味が理解できず、困惑の目を彼女へ向けた。
「平成の、次? って、どういうこと? だってキミは……僕の世界よりも、過去に生きていた人なんじゃないの?」
「あら。どうしてそう思うの? あなたの生きている時代って、きっと平成でしょう? 周りにいる人たちのファッションも、なんだか一昔前って感じがするもの」
そう言って辺りをキョロキョロと興味深そうに見つめる彼女は、嘘を言っているようには見えない。
彼女の生きる世界は、平成の次。
ということは、彼女は過去の人ではなく、まさか未来に生きる人間だというのか。
「そっ……そんなはずないよ! だってキミは、ゆ――」
幽霊、と思わず口にしかけて、寸でのところで踏み止まる。
が、勢い余って身を乗り出した結果、バランスを崩した狭野の身体は目の前の少女の方へと倒れかかった。
「わっ」
「きゃっ! ……大丈夫?」
倒れかけた狭野の両肩を、少女の細い腕が支えていた。
「ご、ごめん。大丈夫……」
と、体勢を整えようとしたその瞬間、狭野はハッとあることに気づく。
(どうして、彼女の手が僕に触れているんだ……?)
彼女は幽霊のはずだ。実体のない彼女の身体は、誰にも触れられるはずがない。
けれど今、狭野の肩はまぎれもなく、目の前の少女によって支えられている。
狭野は彼女に身体を預けたまま、恐る恐る顔を上げた。
互いの息がかかる程の至近距離で、二人は視線を合わせた。
「キミはもしかして、本当は……」
幽霊じゃないのか、と狭野が尋ねるよりも先に、今度は少女の方が口を開いた。
「……あなた、私の知ってる人に少しだけ似てる」
「え?」
「小学校のときの先生。別のクラスの担任だったけれど、私もすごくお世話になったの」
狭野の顔をまじまじと見つめながら、まるで大切な思い出を語るときのように、穏やかな声で彼女は言った。
「あなたのその優しげな目尻、先生の笑ったときにそっくりだわ。『狭野先生』っていうの」
どくん、と心臓が跳ねた。
「大好きだったわ。いつも優しくて……控えめな笑顔が素敵だった。自分のクラスの子じゃない私のことも、ずっと気にかけてくれてたの」
「……それって」
同じ『狭野』という名前で、彼女を気にかけていた、顔のよく似た教師。
偶然ではないと思った。
直感というよりは、悪寒に近かったかもしれない。
もしも彼女の生きる時代が本当に未来なのだとしたら、その教師というのはもしかして。
「その先生は今、どうしてるの……?」
息を呑んで、狭野は尋ねた。
空に花火が打ち上がる。
連続的な破裂音と共に、人々の歓声が湧き起こる。
少女は微笑を浮かべたまま、その可憐な瞳から、一筋の涙を流した。
そうして、周囲の音に掻き消されてしまいそうな小さな声で、言った。
「亡くなったの。ちょうど一年前。去年の……花火大会が開催されるはずだった、この日に」




