三度目の夏
◯
二〇〇七年の夏。
中学に入って、初めての花火大会の日。
日没となり、狭野が祭り会場へ向かうと、目的の人物は予想通り、ベビーカステラの屋台の列に並んでいた。
水色の浴衣を着た、中学生くらいの少女。
まごうことなき、あの幽霊の少女だ。
彼女と会うのはこれで三度目となる。
二年前に初めて見たときはもっと大人びた印象だったが、今では狭野と背丈も変わらず、およそ同年代くらいにしか見えない。
もはや驚くことは何もない。狭野はためらうことも気後れすることもなく、堂々とした足取りで彼女のもとへと歩み寄る。
そして、
「ねえ、キミ。よかったら僕と一緒に、あっちで話さない?」
ナンパさながらの誘い文句で、声を掛けた。
少女――キリシマミコトは少しだけ驚いたように目を丸くしてこちらを見た。突然のことに戸惑いつつ、私のことが見えてるの? とでも言いたげな顔だった。
が、しばらくすると元の穏やかな表情に戻る。おそらく彼女の中で、ここは夢の中だからと、心の整理がついたのだろう。
彼女はその垂れ目がちな瞳をゆっくりと瞬かせてから、ふっと力を抜くようにして優しげな微笑を浮かべた。
「ええ、いいわ。一緒に行きましょう。一体どんな面白い話を聞かせてくれるの?」
狭野が選んだ場所は、いつもの河川敷の、川を渡った向かい側の土手だった。ここからなら花火がよく見える上、神楽囃子の音も聞こえない。
あのお囃子の音が聞こえてくると、彼女は消えてしまう。
だから今回は、あの音が聞こえないよう、花火の音と、それに魅せられた観客たちの声で包まれるように、この場所へと腰を下ろした。
程なくして、人々の見つめる暗い空に、一筋の光が昇り始める。
「あら。あなたも中学一年生なの? なら、私と同じね」
そう言って隣で嬉しそうに笑っている彼女の頬が、夜空に咲いた光に照らされて、赤、青、緑と目まぐるしく色を変えた。
ドン、ドンと、腹の底に響くような破裂音が連続して辺りに広がる。
彼女は明るくなった空を見上げ、きれいね、と鈴を転がすような声で言った。
その美しい横顔を、狭野は複雑な思いで見つめていた。
初めて会ったとき、彼女は自分よりも年上だった。
そして今は、同じ中学一年生だという。
ならば来年は、狭野の方が一つ年上になるのだろう。
この夏祭りの日を迎える度に、年はどんどん離れていく。そして彼女は、その度に狭野のことを忘れてしまうのだ。
「僕のこと……覚えてない、よね?」
どうせ忘れてしまうのならと、狭野は思い切って質問してみた。
少女は再びこちらに視線を戻して、不思議そうに小首を傾げる。
「あなたのこと? ……うーん。同じ学校じゃないよね。どこかで会ったかしら?」
「会うのは、これで三度目だよ。去年も、一昨年も、僕はこの夏祭りでキミと会ったんだ」
「夏祭りで? ……それって、夢の中でってことだよね? だって去年は、花火大会も中止になっちゃったし……」
彼女の笑みが、少しずつ困惑の表情に変わっていく。
「キミにとっては夢かもしれないけど……僕にとっては、ここが現実なんだ。僕の生きる世界では、去年の花火大会は中止になんかなってない。キミはきっと、僕とは違う時代を生きているんだよ」
どこまで踏み込んでいいのかわからない。けれど、踏み込まなければいつまでも同じ場所で足踏みをしてしまう。
これまで抑えていた思いをぶつけるように、急かされるように狭野は前のめりになって、目の前の少女へと質問を投げかけた。
「ねえ、教えてよ。キミは一体……いつの時代を生きている人なの?」
その問いに、彼女はハッと口元に手を当てた。
「……そっか。この夢はきっと、私がタイムスリップしたっていう設定なのね?」
あくまでも夢の中だと思い込んでいるらしいが、狭野にとっては好都合だった。
もしも彼女が自分を幽霊だと認識してしまったら、その瞬間に彼女は消えてしまうかもしれないのだ。それだけは避けたかった。
「そっか、そういうこと……。何かが変だなって思ってたけど、屋台の景品がやけに古いゲーム機だったり、周りでガラケーを使ってる人が多かったりしたのは、ここが過去の世界だからなのね?」
ひとり納得するように呟いた彼女の言葉に、狭野は違和感を覚えた。




