第七話 NPCの存在意義
多数のイベントがあったせいか、ログがかなり溜まっているらしい。整理に少し時間がかかっていた。
時計を見ると数分しか経っていないが沈黙のせいで、妙に長く感じる。
やがて馬車が止まった。屋敷に着いたようだ
「お帰りなさいませ」
扉が開くと、初老の執事が深く頭を下げて迎え入れてくれた。
さすが貴族だ。執事までいるのか……。
「オレはまだ事後処理が残っているので現場に戻る。プレイヤーの客人だ。不便がないよう、よろしく頼む」
騎士――いや、屋敷の主はそう執事に告げると、振り返ることもなく急いで出て行ってしまった。
……本当に忙しそうだな。
そう思っていると、執事が改めて姿勢を正した。
「こちらのお屋敷で執事長を務めております、イオリと申します」
「あっ……オレはリリアです」
「リリア様、お疲れでしょう。お部屋へご案内いたします。何かご用がございましたら、私か、近くにおりますメイドにお申し付けください」
「えっ……あ、ありがとうございます……」
現実でも、こんな待遇を受けたことはない。どう振る舞えばいいのか分からない。
――だが正直。
最高すぎる。
ベッドがふかふかすぎる! ご飯が豪華すぎる!!
ゲーム内ではよくポルコで食事をしているが、腹が減るわけではないので、話のつまみ程度にしか思っていなかった。(ポルコも普通に美味しいが……)
だが今回の料理は違った。
本当に高級な味がした。
「本当に……ゲームか?」
思わず呟いてしまう。
目を閉じてログ整理をするのが、もったいないとすら思った。
「ふぉ〜〜〜」
爆買い以上にテンションが上がったオレは、キングベッドの上をゴロゴロ転がった。
豪華な部屋を思う存分堪能したあと、目を閉じる。
するとログ整理が始まり、すぐに朝になった。
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ベッドから起き上がり、昨日爆買いした服をメニュー画面の持ち物から取り出して着替える。
せっかく買ったのに、楽しむ余裕もなかったからな……。
鏡の前でくるりと回っていると――
コンコンコン。
扉をノックする音がした。
執事長のイオリが朝食を持ってきてくれた。
プレイヤーに食事は必要ないはずだが……おもてなしの一環なのだろうか。
「今日のご予定は、どうされますか?」
「えっと……これから薬草を取りに行って、それから仕事に行きます。それで……申し訳ないんですけど」
少しだけ言葉を詰まらせる。
ここが正念場だ。
「お金が貯まるまで……一週間くらい滞在したいんですけど、大丈夫ですかね?」
そして慌てて続ける。
「家賃が払えたら、一週間とは言わず、すぐに出ていくんで!!」
イオリは静かに微笑んだ。
「わたくしどもは、いつまで滞在してくださっても構いません。しかし……エルヴィス様が何と仰るか……」
「エルヴィス様って……あの騎士の……?」
「はい、左様でございます。そういえば、先ほど帰宅されました。現在はお部屋で事務処理をなさっております。一緒に行かれますか?」
「えっ……先ほどって……朝帰ってきたってこと!? しかもまだ仕事してるのか……」
本当に忙しいんだな……。
申し訳なさが胸に刺さる。
でも。
オレには泊まる場所がない。
教会にも……もう小屋がないんだ。
……本当に、行く場所がない。
性格悪いNPCとか、もう言わない。頼む、許してくれ……。
心の中で祈りながら――
「行きます!!」
と即答した。
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コンコンコン。
イオリが扉を叩く。
「どうぞ」
中から、少し疲れた声が聞こえた。
「執事のイオリです。リリア様をお連れしました」
中へ入る。
「なんの用だ?」
書類から目を上げ、騎士がこちらを見る。
「あの……お願いがあるんだけど」
「家賃が払えるまで……一週間くらい滞在してもいいかな? 家賃が払えたら、すぐ出ていくから!」
「……好きにしろ」
ぶっきらぼうな返事だった。
しかも、明らかに疲れている。
「あ、ありがとう」
少し迷ったあと、思い切って近づく。
「えっと……なんか本当に大変そうだな。何か手伝えることあるか?」
騎士の表情を見つめる。
「……すごく疲れてる顔してるぞ」
「少し休んだほうがいいんじゃないか?」
騎士は書類から目を離さず言った。
「NPCは人ではない。疲れない」
「えっ……でも……」
「気にするな」
それ以上の言葉を遮られた。
すると――
「エルヴィス様」
イオリが静かに口を開いた。
「いくらNPCは疲れないと言えど、ログが溜まっているのではありませんか。休息が必要なように見受けられます」
「必要ない」
短く、冷たく返す。
しかしイオリは引かない。
部屋に重い沈黙が流れた。
それに耐えきれなくなったオレは、無理やり話題を変える。
「そ、そういえば! 街中って基本モンスター入ってこないよな? なんで今回こんなこと起きたんだ? バグかな? プレイヤーとして制作会社に連絡した方がいいか?」
騎士は小さくため息をついた。
「……バグではない」
「えっ……?」
「初心者の冒険者プレイヤーが、経験値稼ぎのためにマジックアイテムを使い、モンスターをおびき寄せた」
説明は淡々としていた。
だが、その内容は最悪だった。
初心者が町外れでモンスターを呼び、数体倒して逃げた。
結果、大量の魔獣が流れ込んだ。
「そんなの……許されるのか?」
「プレイヤーがゲームを楽しむために行ったことだ。許す許さないの問題ではない。だが被害は出ている。規制は王室に働きかける予定だ」
「……被害って、どれくらい?」
「死傷者はいた。だがプレイヤー死亡はない」
「……ってことはNPCは?どうなったんだ?」
騎士は迷いなく答えた。
「死亡した場合、NPCは消滅する。ログも残らない」
「は……?」
頭が真っ白になる。
「教会は……? 蘇生とか……」
「教会で蘇生されるのはプレイヤーのみだ」
「じゃあ……今回亡くなった人たちは……?」
「もう戻らない」
部屋の空気が凍った。
「しかし心配はいらない。NPC同士で子を育てる。亡くなった者の代わりは、いずれ生まれる」
「……納得できるかよ」
声が震える。
「全然納得出来ない……。プレイヤーは罪に問われないのかよ。それ、おかしいだろ……」
「ここはゲームだ」
「そんなの分かってる!!」
思わず叫んでいた。
「ゲームだってことも、NPCがデータだってことも分かってるよ……!」
「でも納得いかないんだよ……。そんなの……悲しすぎるだろ……」
視界が滲む。
「制作会社に文句言ってやる……こんなの、絶対おかしい……」
涙が止まらない。
その瞬間――
視界が真っ暗になった。
気が付くと、騎士に抱き締められているようだ。
「バカだな……」
低い声が、耳元で響く。
「そんなことで泣くプレイヤーは……お前くらいだ」
強く、でも優しく抱き締められる。
「プレイヤーはプレイヤーらしく、ゲームを楽しんでいろ。笑って、遊んで、好きに生きていればいい」
「俺たちは……そのために存在しているんだから」
――それが、俺たちの役割だ。
分かってる…分かってるんだ。
ここはゲームの世界だ。分かってる。
それでもオレは騎士の腕の中で、子どものように泣いた。
鼓動は聞こえないはずなのに、
確かに“生きている温かさ”だけは感じた。
それから大分時間か経ち
少し落ち着くと、騎士はそっと俺から離れた。
「オレ……このゲームを楽しむ。でも、NPCの人たちを大切にする」
「絶対に……誰も道具みたいに扱わない!!」
決意を込めて騎士を見上げる。
「……そうか」
騎士が微かに笑った。
それが――
オレが初めて見るエルヴィスの笑顔だった。
「だが、NPCにも悪い奴はいるぞ。最初に絡まれていただろ」
「そ、それは……通報するから、すぐ来てくれよな!」
「はいはい」
呆れたように答える騎士。
「……そうだ。ちゃんと自己紹介してない!! オレはリリア! お前は?」
「第二騎士団 騎士団長 エルヴィス、グランフェルドだ」。公爵だ」
「うぉ……」
想像以上の大物だったことに息を呑んだ。
でも、ここまで来て敬語は変だよな…。
「よろしくな!」
差し出した手を、エルヴィスは迷わず握ってくれた。
その直後。
エルヴィスは力なくオレに倒れ込んできた。
「え!? おい!?やっぱ限界じゃねぇか!!」
完全に意識を失っている。
それまで気配を消していたイオリが慌てて駆け出した。
「医者を呼んでまいります!!」
オレに抱きついたまま、静かな寝息を立てる騎士に――
オレは小さく呟いた。
「お疲れ様」
※モンスターをおびき寄せるマジックアイテムは、通常はB級以上の冒険者が経験値を稼ぐ為に、森で使うもの。
※王室に依頼する規制
B級未満の冒険者の上記マジックアイテムを購入不可とするもの
※王室では制作会社とのコンタクトが可能で、システムの変更することができる。
※第一騎士団(王室用)
→プレイヤーとNPCで構成されている(サラ所属)
※第ニ騎士団(治安維持)
団長:エルヴィス・フォン・グランフェルド
→NPCのみで構成されている
(通報で招集される騎士達、プレイヤー同士の問題にプレイヤーが介入すると拗れる可能性がある為にNPCで構成されている)
※第三騎士団(防衛)
→プレイヤーとNPCで構成されている




