第六話 再会
教会に向かう前に、念のため自宅へ立ち寄ってみた。
だが――やはり入れない。
扉に触れた瞬間、画面が表示される。
『家賃を振り込んでください』
「……なんてこった」
思わず頭を抱える。
明日から仕事前に薬草を採って売れば……一週間くらいで家賃は払えるか……?
ため息しか出ない。
なけなしの銅貨二枚。
移動手段は徒歩のみ。
明るいうちに着きたい。
少し早足で歩き始めた。
距離はそれなりにあったが、さすが獣人の身体能力だ。体力にはまだ余裕があり、予定より早く教会へ到着した。
---
教会にいたシスターに事情を話すと、彼女は快く迎え入れてくれた。
「困っている方を助けるのが、私たちの役目ですから。どうぞお気になさらず」
――優しい。
そして、めちゃくちゃ美人だ。
「もしかして……プレイヤーの方ですか?」
「あら、分かっちゃいました?」
少し照れたように笑う。
「そうなんです。現実では、ちょっと人から恨まれやすい仕事をしていて……。だから、ゲームの中で人を救うのが、私にとって癒しなんです」
「へぇ……」
「ただ、現実が忙しくてあまりログイン出来なくて。結構前に始めたのに、まだシスター見習いなんですけどね」
なるほど。
そういう目的でこのゲームをしている人もいるのか。
「せっかくですから、お祈りもしていきますか? 現実でいう瞑想みたいなものです。少し気持ちが落ち着きますよ」
「じゃあ……お願いします」
---
雑魚寝用の小屋の隣にある教会へ案内された。
外観はこぢんまりとしているが、中は想像以上に豪華だった。
言われた通り、目を閉じて祈る。
するとシスターが説明を続けた。
「ちなみに、このゲームで死亡した場合、経験値や信頼度などはすべて初期化され、この教会で目を覚まします」
「えっ、そんな役割があるんですね」
「はい。住む場所も失ってしまうので……。ですが、このゲームで死亡する方はほとんどいません。ですから知らない方も多いですね」
へぇ……。
妙にリアルだな。
---
「……あ、もうすぐ暗くなりますね。小屋へお入りください。夜の外は危険ですから」
毛布を手渡される。
「ありがとうございます!」
シスターは修道院へ戻っていった。
---
小屋の中には、老若男女さまざまな人がぽつぽつと座っていた。
おそらく全員NPCだろう。
俺は空いている場所に座り、毛布にくるまる。
あとは数十秒目を閉じればログ整理が終わり、朝になるはず――。
……だが。
おかしい。
いつまで経っても、ログ整理が始まらない。
「……バグ?」
一度ログアウトするか――そう考えた、その時だった。
---
ドォォン!!
近くで爆発音のような轟音が響いた。
外が一気に騒がしくなる。
「うわっ……なんだ?」
人の流れに押されるように、外へ出る。
そして――
「魔獣だ!! 魔獣の群れだ!!」
「こっちに来るぞ!!」
視線の先には、迫ってくる魔獣の群れ。
教会の周囲にはマジックアイテムによる結界が張られており、魔獣は侵入できない。
だが――
結界にヒビが入り始めていた。
「やばい……!」
慌ててメニュー画面を開き、通報を押す。
修道院からシスター達も飛び出してきて、結界強化を試みる。
しかし、明らかに追いついていない。
――もうダメかもしれない。
そう思った、その瞬間。
「騎士団だ!!」
騎士団が到着した。
「た、助かった……」
騎士団の奮闘により、状況は徐々に収束していった。
周囲には倒れた魔獣が散乱し、小屋は半壊している。
避難誘導が始まる中、気が抜けた俺はその場に座り込んでしまった。
---
「大丈夫ですか?」
声をかけられ、振り返る。
「……あ」
そこに立っていたのは――
初ログインの時に会った、あの性格の悪い騎士だった。
俺は目を見開く。
向こうも驚いた表情を浮かべている。
「……こんなところで何をしている」
「お前……シスターだったのか?」
「いや違う!!」
慌てて事情を説明する。
話を聞き終えると、騎士は深いため息をついた。
「……何をやっているんだ、お前は」
「う、うるさいな……。別に迷惑かけてないだろ」
「それで、小屋は壊れたが……当てはあるのか」
「……ない」
沈黙。
そして。
「……俺の家に来るか」
「えっ!? いいのか!?」
「騎士は寄宿舎だろ?」
「俺は貴族だ。寄宿舎ではない」
「き、貴族!?」
なんだボンボンかよ――と言いかけて、慌てて口を塞ぐ。
騎士が冷たく言い放つ。
「……やはりここで野宿しろ」
「ごめんなさい!! お願いします!!」
全力で頭を下げる。
騎士は再びため息をついた。
「……そこで待っていろ」
部下に指示を出したあと、こちらへ戻ってくる。
「……立てるか」
「無理です……」
沈黙。
そして、また深いため息。
次の瞬間、俺はおんぶされていた。
(お姫様抱っこじゃなくて良かった……)
---
少し先には迎えの馬車が来ていた。
その時、ふと視界の端に、小屋にいた人たちの姿が映る。
「……あの人たちは?」
「教会のNPCだ。シスターに救われる役割がある」
「……助けられないのか?」
「できない」
そういうものなのか。
――変なところ、ゲーム的だな。
なんだか、少しだけ可哀想に思えた。
ふと、騎士の方を見る。
おんぶされているせいで、はっきりとは見えない。
だが、どこか暗い表情をしているようだった。
何か声をかけようと思ったが、やめた。
騎士はそれ以上何も言わず
俺も黙ったまま馬車へ乗り込む。
馬車が屋敷へと向かうなか、沈黙だけが静かに流れていた。




