第二十六話 未来
「まっ……まさか、本当にできちゃったのか?」
自分で言っておきながら、心臓がドクドクと騒がしい。
「いやいや……そんな馬鹿な……」
でも――思い当たる節は、ある。
そう言えばエルヴィスは、この世界のNPC同士でも子供を育てると言っていた。
オレたちは今や――NPC。
つまり……?
「マジかよ!!」
思わず叫んだあと、慌てて頭を振る。
「待て待て、まだ決まったわけじゃない!! 本当に味覚が変わっただけかもしれない!」
「いや、分かんないだろ」
「じゃあ、どうしたら……」
「知らん……!!」
三人で頭を抱える。
「ネット! ネットで検索しよ!」
「ネットなんて無いだろ!」
「クッソなんで無いんだ……」
「落ち着け二人とも!!」
サラが両手を叩く。
「この世界の人に聞くのがいいだろ?」
「じゃあレイカ、ヴァルディス様に聞いてくれ」
「やだよ!」
レイカの顔が一瞬で青ざめた。
「それこそ結婚式の時みたいになったらどうするんだ?!」
「じゃあ……サラ、王に――」
「陛下に何を問うんだ!」
今度はサラが真っ赤になる。
「じゃあ、どうしたら……」
しばらく考え込んだあと、レイカが言った。
「こういうのは経験者に聞くのが一番だろ? 知り合いに居ないのか?」
「あっ!!」
三人同時に叫ぶ。
「ミカさん!!」
---
オレたちはミカさんの店へ駆け込んだ。
「ミカさーーん助けてーーー!!」
「あら、リリアじゃない? どうしたの?」
「ミカさん、子供いたよね?」
「えぇ、居るわよ」
オレは身を乗り出す。
「じゃあ、妊娠したときに検査する方法とか知ってる?」
「そんなの無いわよ〜」
ミカさんはあっさり言った。
「勘よ!」
オレたちは肩を落とす。
「そんな急にどうしたの? まさかできちゃった?」
「…………」
「あら?」
ミカさんは優しく微笑む。
「本当なら、おめでとう」
「まだ分かりませんよ! だから確かめたいんです!」
「そう言われてもねぇ……。あっ、リリアは貴族じゃない! 貴族はお医者様に診てもらうんじゃないかしら?」
「う……それが大ごとになりそうで嫌なんです……」
ミカさんは、少しだけ真剣な顔になった。
「でもね、こればっかりはしょうがないわ。自分だけのことじゃないんだもの。ちゃんと家族と話し合いなさい」
「……そう、ですよね」
「そうよ。相談してもらえなくて、後から言われたら、きっと傷付くわ」
その言葉に、ハッとする。
オレは――エルヴィスの気持ちを、全然考えていなかった。
「確かに、その通りですね!!」
オレは立ち上がる。
「オレ、エルヴィスのところに行きます!!」
ミカさんは嬉しそうに笑った。
「それがいいわ」
振り返ると、サラとレイカが拍手していた。
サラとレイカが拍手する。
「おぉ〜愛の力だ」
「頑張れ〜」
---
オレは勢いよく帰宅した。
書斎の扉を叩く。
「どうした?リリア」
エルヴィスは柔らかく微笑む。
隣ではイオリさんが紅茶を注いでいた
(冷静に……冷静に……)
「ちょっと良いかな?」
「どうした? リリア」
エルヴィスはいつも通り、柔らかく笑っている。
「それが……最近、味覚が変わったり、寒気があったり……」
思いつく症状を話していく。
すると――
イオリさんの目が、みるみる輝き始めた。
反対に、エルヴィスの表情は曇っていく。
「大丈夫か? リリア? すぐに医者を呼ぶか?」
「いや、その……たしかに…医者は呼んで欲しいんだけど……」
「どうしたんだ?! まさか熱でもあるんじゃ――」
エルヴィスの顔が青ざめる。
「そうじゃなくて!!!」
気付けば叫んでいた。
「だから!!! 妊娠したかもしれないんだってば!!!」
声は、公爵邸中に響き渡った。
しまった…
結局、自分で大ごとにしてしまった。
オレは頭を抱える。
エルヴィスは驚いた顔をしたあと、
子供のように目を輝かせた。
「イオリ!!! すぐに医者を呼べ!!!」
「承知いたしました!!!!」
その声は雷のようだった。
「医師団を招集しなさい!!」「侍女長!産室の準備を!!」「栄養管理班を呼びなさい!!!」「伝令を出しなさい!!!」
「どちらへですか!?」
「別邸です!!!」
屋敷が一斉に動き出す。
イオリさんは廊下の中央で高らかに宣言した。
「一族最大級の吉報です!!!」
「イオリ…さん…ちょっと…待って、やめて〜〜〜」
公爵邸中が大騒ぎでオレの声は誰にも届くことがなかった。
-別邸-
「旦那様!!緊急報告です!!」
「どうした、火事か?」
「リリア様がご懐妊の可能性が!!」
「……は?」
書類が床に落ちる。
「オリビア!!!」
二階からドタドタ音がする。
「聞こえましたわ!!!」
既に外套を羽織っている。
「馬車を!!今すぐ!!」
「準備が――」
「準備など後ですわ!!!」
馬車が爆速で到着する。
扉が開く前にオリビアが飛び降りる。
「リリアさんは無事ですの!?」
「まだ診察前です!」
「なら早く通しなさい!!」
後ろでレックスが息を切らす。
「落ち着けオリビア……」
「落ち着いていられるわけありませんわ!!!」
レックスとオリビアが公爵邸に着いた頃
エルヴィスが部屋の中をぐるぐる回っていた。
「医者を呼べ!!いや待て最上級医療班を呼べ!!」
「エルヴィス落ち着いて!」
「落ち着けるか!!」
「まだ妊娠と決まったわけじゃないんだってば」
「可能性がある時点で国家緊急案件だ!!」
「国家関係ないだろ!!」
リリアが即座に返す。
その横で――
「クッション追加しました!!」「温かいお茶です!!」「冷水です!!」「毛布です!!」
「いりません!!」
リリアだけが冷静だった。
そこへ――
バァン!!
「リリアさんは無事ですの!?」
オリビア乱入。
「吐き気は!?貧血は!?情緒は!?!」
「全部普通です」
「普通が一番危険ですわ!!」
「どんな理論なんですか?!」
さらにレックス登場。
「オリビア落ち着――」
「落ち着けませんわ!!!」
場が完全に崩壊した。
エルヴィスは壁に向かってブツブツ言い始める。
「子供部屋は南棟か…いや日当たり…護衛は…教育は…」
「まだ妊娠してません」
「揺りかごは月光銀製が――」
「してません」
「名前は――」
「してません!!!」
部屋が静まる。
全員がリリアを見る。
「とりあえず」
リリアは深呼吸した。
「医者の話を聞きましょう?」
「……はい」
全員が一斉に頷いた。
そのとき、
「医師団到着しましたー!!」
「通せ!!!」
エルヴィスが即答した。
「だから落ち着いてください」
---
オレの診察を終えた医師が深く頭を下げる。
「ご懐妊でございます」
沈黙が流れた。
そして――
「やったあああああ!!!!」
エルヴィスがオレを抱き上げる。
「お、おろせ!!恥ずかしい!!」
オリビアは号泣。
レックスは目頭を押さえて天を仰ぐ。
イオリさんは壁に手をついて震えている。
「……良かった……本当に……」
屋敷中が歓声に包まれた。
侍女たちは泣きながら抱き合い、使用人たちは祝福を叫び、イオリさんは矢継ぎ早に指示を飛ばしている。
そして――
「世界最高品質の揺りかごを用意しなくてはなりませんわ!!!」
オリビア様が拳を握りしめた。
「そうだな。職人の選定が必要だ」
レックス様も真剣な顔で頷く。
「この国では足りませんわね」
「国外視察が必要だな」
「北方の絹、東方の乳児服、南方の木工技術…!」
二人は同時に振り向いた。
「旅に出ますわ!!!」
「うむ、今すぐだ」
「え?」
オレは固まった。
「ちょっ……今!?」
「善は急げですわ!!」
「準備は既に進めている」
「早すぎません!?」
「リリアさんは安静にしていてくださいまし!!」
「全部任せろ」
「いや任せる内容が壮大すぎます」
既に外では馬車の準備が整っていた。
「帰還は三週間後を予定しておりますわ!」
「戦争行くみたいに言うのやめてください!!」
オリビア様はオレの両手を包み込む。
「必ず最高の物を揃えて参りますからね」
「プレッシャーがすごいです」
「体を大事に」
「はい…」
「では出発だ」
「いってきますわ!!!」
二人は嵐のように去って行き、静寂が訪れる。
「……」
「……」
「……」
イオリさんが深く頭を下げた。
「申し訳ございません。あれが通常運転でございます」
「知ってました」
---
騒ぎは、少しずつ落ち着いていった。
医師も帰り、使用人達も持ち場へ戻っていく。
オレはエルヴィスに支えられながら寝室へ向かった。
---
「……大丈夫か?」
ベッドに腰掛けると、エルヴィスが静かに尋ねた。
「うん……大丈夫」
お腹に手を当ててみるも、まだ実感が湧かない。
それでも、ここに命がいるんだなぁ。
「……オレ、母親になるのか」
「そうだな」
「なんか、不思議だな」
「怖いか?」
「……ちょっとだけ…ちゃんと育てられるかな、とか」
素直に答える。
エルヴィスが隣に座った。
「リリア」
「ん?」
「オレも怖い、父親として正しいことが出来るかも分からない…だが、お前となら大丈夫だと思っている」
とこちらを、真っ直ぐみている。
それを聞いて胸が温かくなった。
「オレも…エルヴィスと一緒なら大丈夫だと思う。」
静かな時間が流れて、夜風がカーテンを揺らしていた。
「……なぁ、リリア」
「ん?」
「ゲームを始めて後悔していないか、元の人生も、家族も失っただろ?」
「それでも……幸せか?」
少し考えてから、オレは笑う。
「……うん」
エルヴィスの手を握った。
「失ったものは確かにある、でもここには大切なものがたくさんある。」
「サラも、レイカも、イオリさんも、エルヴィスも」
そして、お腹に手を当てた。
「この子も」
「だから、全然後悔してない!」
オレはニカッと笑う。
エルヴィスは目を細めた。
「……お前らしいな」
「だろ?」
エルヴィスはそっと抱き寄せた。
「お前に出会えて良かった」
「オレも!!エルヴィスに会えて良かった!」
そして、エルヴィスはとても慎重に、オレのお腹に手を当てて
「……よろしくな、父親は未熟で…、母親は騒がしいが…、」
と呟く。
「ちょっと待て」
「ん?」
「母親が騒がしいってどういう意味だ」
「自覚がないのか?」
「ない」
エルヴィスが笑った。
その夜。
二人は少しだけ早く灯りを消した。
「……リリア」
「ん?」
「ありがとう」
「何が?」
「オレを幸せにしてくれて」
オレは肩をぶつけた。
「お互い様だろ」
そして
未来の話をしながら、
まだ見ぬ子供の名前を考えながら。
静かに眠りについた。
---
季節が移り変わり、元気な子供が生まれる。
さらに、十年の月日が流れた。
庭園では、三人の子供たちが走り回っている。
「お母様!」
長女のセレスが裾を持ち上げて小走りでやってくる。
「今度、アルヴェイン様はいついらっしゃるのかしら?」
オレは庭園のベンチに座りながら、答えた。
「伯爵家のアルヴェインなら、一昨日来たばかりじゃない?」
「もう二日も経っておりますわ」
きっぱり言い切る。
その向こうで、ノクスが肩をすくめる。
「また来るのかよ」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど……」
少しだけ不満そうだ。
アルヴェインは女の子のように整った顔立ちで、長い睫毛に穏やかな笑み。
誰にでも優しく、特にセレスには甘い。
セレスは完全に懐いている。
「アルヴェイン様は優しいもの」
「優しすぎるんだよ」
ノクスが小さく呟く。
その時。
「えー、じゃあ弟達と遊ぼ」
セレスがくるりと振り向いた。
ルークとノクスは顔を見合わせ――
「逃げろ!」
二人は同時にダッシュ。
「辞めなさい!」
オレの声は、当然届かない。
「どうしたんだ?」
そこに、エルヴィスが現れた。
ルークが即座に足にしがみついた。
「父上!助けて!」「姉上が怖い!」
「怖くないわよ!」
セレスがむっとする。
エルヴィスは困ったように息をついた。
「勉強はどうした」
「終わった!」
「嘘つけ」
「半分!」
「正直だな……」
とエルヴィスは小さく笑った。
「……なら、街へ行くか」
「イェーイ!」
三人の声が揃う。
「すぐ甘やかすんだから」
そう言いながら、オレも立ち上がり、
結局、全員で出かけることにした。
石畳を歩きながら、子供たちは前を走る。
街は賑わい、人々の楽しそうな声が響いている。
エルヴィスは、時折こちらを優しげに見る。
その目は、昔と同じ。
でも、少しだけ柔らかい。
少し後ろから、その光景を眺める。
……幸せだなぁ。
オレは空を見上げた。
ここが現実ではないなんて、信じられない。
まさか、
オレが女の子になって、
ゲームの世界に閉じ込められて。
結婚して
子供を産んで
こうして、未来を歩くことになるなんて。
昔のオレが聞いたら、信じないだろう。
それでも――
もし、また同じ状況になったとしても。
きっと最後には。
この世界を選ぶ。
だって――
オレはこの世界で、とても幸せだから。
「《アナザーライフ》最高!!」




