第二十四話 プロポーズ
翌日から、エルヴィスは再び忙しそうに動き回っていた。
今度の忙しさの理由は、分かっている。
――一週間後のプロポーズに向けて、何やら準備をしているらしい。
朝、部屋の扉が静かにノックされた。
入ってきたのは、昨日は姿を見かけなかったイオリだった。銀のワゴンに朝食を載せ、いつも通り整った所作でテーブルへと並べていく。
「まったくエルヴィス様には困ったものです。深く考え過ぎてしまうと、周りが見えなくなってしまうようで…。」
イオリは小さくため息をついた。
「えっと………どうしたんですか?」
リリアが尋ねると、イオリは手を止めずに答えた。
「リリア様かいらっしゃる前、エルヴィス様は時間があるときには庭を見て物思いにふけってらっしゃったんです。」
少しだけ眉を寄せる。
「そんな時間があるなら、リリア様を迎えに行くように申し上げたのですが、暗い顔をしてうなだれるばかりで…。」
そして淡々と続ける。
「遂に私がストライキを起こしまして、エルヴィス様に関する業務をボイコットしました。」
「えぇー??!それで?」
思わず声が裏返る。
「昨日リリア様と和解されたとのことで、ストライキを辞めたのですが――」
イオリは一瞬だけ間を置いた。
「私がストライキを起こしていたことすら気づいておらず…」
リリアは思わず吹き出しそうになる。
「『そっ…そうだったのか』と申しておりました。」
「困ったものです。」
再び小さくため息。
「ははは…」
思わず笑ってしまう。
だがイオリは真顔のまま続けた。
「しかし、エルヴィス様はおすすめです。真面目ですし、お金持ち、身分も高く、お父様お母様の干渉も少ない!!無愛想で、女心など全く分からないところがたまに傷ですが…」
そして、ぐっと一歩踏み込んできた。
「リリア様に、とても、とても、おすすめです。」
語気が明らかに強い。
「は、はい。考えてみます。」
「そうですね、時期尚早すぎました。一生を左右することですから、しっかりとお考えください。どのような判断をなさっても私はリリア様の味方です。」
その言葉は、驚くほど優しかった。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ありがとうございます。」
リリアは自然に笑った。
「ところで今日はどうなされるのですか?」
「今日は友人に会いに行きます。ずっと連絡を絶っていたので、心配かけてしまったんです。」
「では馬車をご用意いたしますね。ご朝食が終わりましたら、お声がけ下さい。」
そう言ってイオリは静かに退室した。
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ポルコに到着すると。
扉を開けた瞬間――
「リリア!!」
「心配したんだぞ!!」
サラとレイカが同時に飛びついてきた。
二人とも半泣きだった。
「ごめーんー…!」
気づけばリリアも涙が溢れていた。
三人で抱き合いながら、しばらく声を上げて泣いた。
ポルコのうさ耳店員が、そっと大量のおしぼりを持ってきてくれる。
ぐしゃぐしゃの顔を拭きながら、三人で顔を見合わせる。
「変な顔だなぁ。」
「お前がな。」
「サラもだろ。」
笑い声が重なった。
やっと、いつもの空気が戻ってきた気がした。
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落ち着いた頃。
レイカが切り出す。
「それで…リリアどうなったんだ?」
「それが、ヴァルディス様が来て――」
「は?!ヴァルディス?あいつ!!何か言われたのか?!」
「いやいや…ヴァルディス様が、レイカが心配してるって教えてくれて…それで…今あるものを大切にしろって言ってくれたんだ。」
レイカは、ほっと息を吐いた。
「全然知らなかった。あいつ、そんなことするんだな。あんまり、そういうの首突っ込まないタイプだと思ってた。」
サラも腕を組む。
「確かにそんな感じしないな。」
「意外と優しいのかも…。なかなか会う機会もないし、ヴァルディス様に会ったらお礼を言っておいて。」
「分かった!」
レイカが素直に頷いた。
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サラがふと呟く。
「オレはてっきり第二団長が絡んでると思ったのになぁ。」
その瞬間、リリアの顔が真っ赤になる。
「これは何かあったぞ!」
サラの目が光る。
「何があったんだ?」
「えっと………プロポーズされました。」
「ええええーーーーー?!」
「急展開!?」
「どういうことだ!」
二人が身を乗り出す。
「いや、なんか、エルヴィスが、俺と一緒にいたいって願ったから俺が出られなくなったとか思い込んでて…」
「何言ってんだ笑」
二人同時に吹き出す。
「それで、それなら責任取れよ!って言ったら結婚することに?」
「なるほどなぁ〜それは、リリアから煽っているとしか…」
二人とも妙に納得していた。
「オレどうしたら良い?」
「どうしたら、って結婚するんじゃないのか?」
「いやまだ、1週間の猶予があって、再度プロポーズされるんだけど…」
「おおーそれは、第二団長もなかなか頑張るなぁ。」
サラが感嘆する。
「誠実な人なんだろ。」
レイカは静かに言った。
「どうしよう…」
「どうしようって、オレたちからみたらリリアは第二団長大好きって感じだけど?」
「えええーそうなん?オレ男じゃん?!」
「それは、そうだが、それはもう認識の問題だろ。今の身体は女だぞ。」
「確かに…。」
レイカが真っ直ぐ見つめてくる。
「自分が男だとか、現実世界が、とか全部なしにして、リリアは第二団長をどう思うんだ?」
悩みに悩んだ。
「うーん………………好き…かも。」
「ふゅ〜〜〜おめでとう〜〜〜!」
二人が大きく拍手した。
「結婚式には必ず呼べよ!」
リリアは恥ずかしくて顔を上げられなかった。
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そして――1週間後。
晴天で、庭には花が咲き乱れていた。
メイド達に丁寧に着飾られ、リリアは庭へと案内される。
オレが庭へと足を踏み入れると
オーケストラの音色が柔らかく響いてきた。
一歩ずつ、進む。
正面には、エルヴィスがいた。
音楽が止まると
振り返った彼の手には――ユリの花束。
「リリア、オレと結婚してほしい。一生幸せにする。」
沈黙が流れ
使用人達も息を呑んでいた。
「オレ…は…エルヴィスに責任とって幸せにしろって言ったけど…」
胸が高鳴る。
「結婚するなら、オレもエルヴィスを幸せにしたい!!」
涙が滲む。
「一緒に幸せになろう!」
次の瞬間、エルヴィスは強く抱きしめてきた。
肩が震えている。
「……泣いてる?」
思わず笑ってしまう。
「はは、意外と泣き虫…」
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その後、使用人達が一斉に現れ、庭で宴が始まった。
「これ、断らせる気なかっただろう。」
リリアは小さく呟く。
イオリも目を潤ませていた。
「エルヴィス様が、塞ぎ込んで庭でユリの花をずっと…見ていたときは、どうなることかと思いました。」
「ユリの花?」
ふと、花束を見る。
「何でユリの花?」
エルヴィスは当然のように言った。
「何を言ってるんだ。リリアとは百合という意味だろう?」
「――え?」
衝撃が走る。
「じゃあ、エルヴィスがずっと庭にいたのも、百合の花を見てたから?!」
顔が一気に熱くなる。
(適当に決めたユーザー名なのに、
オレはどんだけ思われているんだ…)
下を向いたその時。
エルヴィスが手を取り、指輪をはめた。
「婚約指輪だ。」
そこには、公爵家の紋章。
月光花。そして――百合の花。
繊細で、気品に満ちた美しい指輪だった。
顔を上げると。
エルヴィスは、初めて公爵邸で見たあの笑顔で微笑んでいた。
その笑顔を見た瞬間
リリアは
――この笑顔が一生見られるなら。
――一生を捧げても悪くない。
本気で、そう思った。




