第二十一話 カンスト
今日はいつもの三人で集まる約束の日だ。
待ち合わせ場所は、ポルコ。
このゲームを始めてから、何度も集合場所に使ってきた場所。
「お、来た来た」
先に来ていたサラが手を振っている。
「早いな!」
「オレは10分前行動が基本だからな」
そこへ、澄んだ声が割って入る。
「今日は時間通りなんだな。」
振り返ると、レイカが立っていた。
「えっと…なんか、いつも遅刻してるみたいな言い方なんだけど…」
「割と4〜5分遅れてきてるぞ。」
「誤差じゃん、許して!!」
なんだか、いろいろあって三人揃うのが久々に感じる。
「聞いてくれよ〜、こないだ大学の合コン行ったらさ…」
なんて世間話をしながらポルコへ入店した。
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「それでは!!
今後のゲームの進め方について話し合おうじゃないか!」
サラが今回の議題!という感じで話し始める。
「進め方?」
「上位職に進むか、どうかだよ」
このゲームでは、一定の経験値を貯めると上位職を選択できる。
だが――
上位職へ進むと、
経験値は必ずゼロに戻る。
学生(経験値50)→修士(経験値100)→上位職(経験値0〜1000)
騎士見習い(経験値50)→騎士(経験値100)→上位職(経験値0〜1000 )
薬師見習い(経験値50)→薬師(経験値100)→上位職(経験値0〜1000)
全員、同じ仕様だ。
「みんなは決めてるのか?」
そう聞くと、レイカは静かに頷いた。
「オレは外交官になろうかな」
「おー、似合う」
サラが、レイカに質問する。
「理由は?」
「他の国にも興味があって…、属国にもプレイヤーやNPCがいるだろ?」
少し間を置いて、レイカは続けた。
「この世界の為に、橋渡しをする役目をしたいんだ。」
サラが肩をすくめる。
「レイカらしいな!」
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「サラは?」
オレが話を進める。
「オレ?」
サラは迷いなく言った。
「んー、やっぱ第一騎士団の副団長」
「あれ?副団長??団長じゃないの?」
「いやー、人の上に立つのはもういいかな。事務仕事もあって大変じゃん?責任重いしさ。副団長から団長になったら、そこでまた経験値0 になるし…副団長のままカンスト目指すわ!」
サラは笑った。
「確かに…エルヴィスも現場も事務処理もやってて、いつも忙しそうだったな…。」
「騎士ってさ、誰かを守る仕事だろ。
だったら、それだけに集中したい。」
少しだけ真面目な顔だった。
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「リリアは?」
二人が同時にこちらを見る。
「オレは……薬局長かな」
「薬局長?」
「うん」
オレは頷く。
「そりゃあ、薬師として経験値を貯める方がカンストは早いんだけどさ」
「だけど?」
「自分の店、持ってみたいんだよ」
二人が少し驚いた顔をした。
「へぇ、いいじゃん!!」
「なんで、なんで?」
「ドラッグストアみたいに薬草やポーションだけじゃなくて、他の関連商品も取り扱ってみたいんだよ。」
オレは笑った。
「ゲームだしさ、やりたいこと、やったもん勝ちだろ!」
サラが深く頷く。
「そうだな!」
「いいな、それ!」
オレは続ける。
「ゲームでも流行るといいなぁ。」
「オレたちは楽しみにしてるぞ!!」
2人は嬉しそうに笑った。
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「では、次に!!!」
また、サラが仕切りだす。
「実際の将来の話もするか!」
「お、それもいいな〜」
「ではレイカから」
サラが手をマイクのようにして、レイカの口に当てる。
「……ん〜悩む、けど、なれるなら国家公務員かな。それか地方公務員、国のために仕事をしてみたい。自分が住んでる国なんだから、貢献したい。」
「さすが、真面目だなぁ。」
「サラは?」
オレが問いかける。
「メーカー営業」
「えー意外だわ、起業とかしそうなタイプだと思ってた。」
「人と関わるのが好きなんだよね。売上あげれば評価されるっていうのも、分かりやすくて良い!」
「なるほどなぁ。」
「リリアは、どうするつもりなんだ?」
次はレイカが会話を回す。
「オレ?」
少し照れくさい。
「父親が労務士やっててさ、できれば事務所を継ぎたいなぁ〜なんて。今、勉強中。」
「そう言えば、おじさんの仕事そうだったっけ?」
レイカは顎に手を当てて思い出そうとしている。
「んじゃ、もしオレが起業でもすることあったら、頼むわ!!」
サラがオレの肩をポンポンと叩いた。
「えー、やっぱ起業するのか?」
なんて話を続けていると
その時、サラが急に辺りを見回す。
「……なんか」
「どうした?」
「いや……なんか一瞬見られたような気が…」
「なんだそれ?ストーカー?」
レイカが冗談交じりに聞く。
サラが吹き出す。
「オレたち可愛いからな」
「それは否定しないわ」
「否定しろよ」
サラは気のせいかと、会話に戻る。
――だが。
少し離れた路地裏。
黒い影が、立っていた。
その視線は、確かに3人をみていた。
だが誰も――気付かない。
まさか、この小さな違和感が、
未来を変えることになるとは知らずに。
―――それから、月日が流れる。
薬の調合に失敗して爆発させたり、
ポーションを腐らせたり、
素材の採取に必死に励んだり。
少しずつ経験値が上がっていった。
そして――
「おめでとうございます。薬師から上位職へ昇格が可能です」
画面に表示されたとき
《薬局長》を選択する
そして経験値ゲージがゼロになった。
「よし、ここから本番だ」
店を持つには、資金も信頼度も必要だった。
クエストを回り、依頼を受け、
何度も何度も繰り返しポーションを作った。
そして――
ついに、小さな店が完成した。
自宅も兼ねている。
「……マジか」
自分の店だ。
看板にはちゃんと名前がある。
『薬屋Lily』
思わず笑った。
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開店初日。
「おめでとう」
エルヴィスが花を持って現れた。
「えっ!?さっそく来てくれたの!?」
「当然だろ」
そう言って、エルヴィスはさらに小さな箱を差し出した。
中には――
月光花を模した銀細工の小瓶。
「……薬液保存用だ。特殊加工で長期保存可能にしてある」
オレは思わず笑ってしまう。
「……めちゃくちゃ実用的だな」
「お前向けだろ」
「ありがと、すげぇ嬉しい」
エルヴィスは満足げに笑っている。
近くでお手伝いに来てくれていた、レイカとサラによって
「なぁ、あれ、恋人イベントじゃね?」
「しっ…!やめとけ、怒られるぞ。」
という会話が繰り広げられていたことを、オレは知らない。
さらに後日。
超巨大な花が届いた。
差出人:ヴァルディス
「でかっ」
そして、その日の夕方。
本人が来た。
「開店おめでとう」
「ヴァルディス様?!
あ…ありがとうございます!!」
お祝いに来てくれたのだろうか?
素直に嬉しい。
だが…
「ところでレイカは何が好きなんだ?」
「え?」
「食べ物は?」「動物は?」「子どもは好きか?」
レイカに関する質問攻めにあった。
あんまりの勢いに
「え、えっと……たぶん………レイカは」
と答えてしまう。
そして最後に。
「これを全部包んでくれ」
「全部!?」
――貴族の買い方だった。
しかも全部、
レイカが好みそうなシンプルなパッケージの商品。
(絶対レイカ用だろこれ……)
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さらに数日後。
謎の豪華装飾箱が届く。
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本日お祝いに伺います。
アステリオ・レグルス・アルトリア
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「えっとぉ………誰?」
そして、その日の夕方。
「こんにちは〜!」
貴族と思われる、お客様が来店された。
「いらっしゃいませ…!?」
隣にはサラ。
まっ…まさかこの人は…。
オレが口をパクパクしていると
「仕事中なので私語厳禁だ」
サラが一言そう言った。
王子はサラに、
まったく堅苦しいなぁ〜
なんて話しかけている。
そして、こちらに向きなおし
「サラは何が好きなんだ?」
と問いかけられた。
またか。先日も同じようなやり取りしたな。
「食べ物は?」「趣味は?」「休日は何してる?」
「いや、あの隣の方に直接聞いたほうが…」
「いいから、いいから…」
なんて、王子に言われたら断れない。
「えっと………たぶん…サラは……」
と半泣きになりながら答える。
サラはこちらの話に興味もなさそうに、店内をみて回っていた。
ちゃんと護衛しろよ!!
と心の中で叫ぶ。
そして最後に。
「これ全部もらう」
「また!?」
王子はサラが手に取っていたものを全て購入されていった。
―――それから
少し経ってお店も落ち着いてきた頃
「王様が退位なさるらしい」
「では、第一王子が王になるのか?」
「いいや、第二王子が…………」「まだ正式ではないらしい…」
そんな噂が聞こえてくるようになる。
「……王位継承って、そんな急に決まるもんなのか?」
「政治ってそういうもんだろ」
誰かが笑った。
オレは、まさかこの間店に来た人が王になるのか?
信じられないなぁ、なんて他人事のように聞いていた。
そして――
ついに、その日を迎える。
「よっしゃ!今日タスクをこなせば、カンストだ!!」
オレは気合いを入れてログインをする。
オレは浮かれていて、気が付かなかった。
リビングのテレビから、重要なニュースが流れていたことに。
『人気VRゲーム《アナザーライフ》で接続障害。
一部プレイヤーがログイン出来ない状態が――』
ゲームにログインすると、メニュー画面がいつもと違った。
「あれ?簡易化されてる。アプデでもあったのかな?」
深く考えずに、仕事へと向かった。
今日も忙しかったなぁ。
店を閉めたあと、友人2 人とポルコに集合した。
「ついに………」
「やったな」
「長かった…!」
画面に表示される。
MAX LEVEL
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「よっしゃああ!!」
オレは笑った。
「みんなでログアウトして祝おうぜ、オレんち集合な!」
室内にいないとログアウトメニューが現れないので、皆でポルコからリリアのアパートに集まってメニュー画面からログアウトを開く。
すると
――ない。
「あれ?」
もう一度開くが、やっぱりない。
「……」
嫌な汗が背中を流れる。
「どうした?」
サラが聞く。
「ログアウト……できない」
空気が凍った。
「は?」
レイカが静かにメニューを確認する。
「……えっ?ないな。」
「嘘だろ」
何度も操作する。
画面は同じままだった。
サラは
「……不具合か?制作会社へ問い合わせするか。」
と冷静に行動する。
そのとき、サラが思い出したように話し出す。
「そう言えば、ログイン前に
友達が、ログインできないって騒いでいた」
「……」
胸がざわつく。
「なぁ……」
サラの声が低い。
「これ……問い合わせ先がなくなってる………。」
誰も続きを言えなかった。
「え……冗談、だよな」
誰の言葉だったのか分からない。
ただ三人は、
そこから一歩も動けなかった。
「本当に……ログアウトできないのか…」
リリアは苦笑を浮かべようとしたが、うまくできなかった。
「設定メニューも全部見た。
ショートカットも、ジェスチャーも……」
「再ログインは?」
「一度ログアウトしないと無理だ」
沈黙が続く。
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レイカが、静かに自分のメニューを開いていた。
彼女は一番冷静に見えた。
だが――
指先が、ほんのわずかに震えている。
「サーバー落ちとか?」
「でも普通、緊急ログアウト処理入るだろ」
「運営の告知は?」
メニュー画面には、告知欄もなくなっていた。
サラが無理やり笑う。
「ほら、あれだろ。
大型アップデートの前とかに一時的に制限かかるやつ」
「そんな仕様あったっけ」
「……たぶん」
たぶん、という言葉がやけに弱い。
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リリアは、手のひらを見つめる。
リアルすぎる質感。
体温、鼓動。
今までだってリアルだった。
でも――
リリアはぎゅっとほっぺをつねる。
「……なぁ」
「ん?」
「痛み……あるよな………」
サラが眉をひそめ、両手を思いっきり合わせる。
「痛い…な…。」
このゲームはフルダイブ型。
安全装置はある。
痛覚は感じない、振動で判断するように出来ているはずだ……。
「なんだよ、これ。
もしログアウトできなかったら……」
「いやいや…そういう想像は、今はいいだろ」
サラは珍しく声が動揺していた。
レイカが小さく息を吐く。
「まずは情報収集をしよう」
「………そうだな」
サラが腕を組む。
「ログインできない奴がいるってことは
……ログアウトできない奴もいるかもしれない」
三人は街へ歩き出す。
すぐ戻れると信じながら。
けれど。
胸の奥で、
小さな不安だけが静かに広がっていた。




