第二十話 恋人
見慣れた公爵家の屋敷へ向かう馬車の中。
オレはそわそわと落ち着かなかった。
「……大丈夫か?」
向かいに座るエルヴィスが呆れたように言う。
「だ、大丈夫……!」
声が少し裏返った。
(本当は全然、大丈夫じゃない……!)
これから会うのは――
あの伝説の騎士。
公爵家当主。
レックス・グランフェルド。
(有名人に会う前の気分……!)
緊張している、でも楽しみ。
「……随分、楽しそうだな」
エルヴィスがぼそりと呟いた。
「え?」
「…父上に会うのが、そんなに楽しみか?」
「そ、それはもう……!」
思わず身を乗り出す。
「プレイヤーのなかでも伝説として有名で!憧れというか尊敬というか……!」
「……そうか」
エルヴィスは視線を窓の外へ逸らした。
「?」
少しだけ、機嫌が悪そうに見えた。
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屋敷に到着し、イオリさんが迎えてくれる。
応接間へ通された。
扉が開いた瞬間、
「よく来たな!」
低く、よく通る声が部屋に響いた。
私は思わず息を呑む。
銀髪を後ろで束ねた壮年の男性。
堂々とした体躯と、圧倒的な存在感。
(本物だ……!!)
「本物の"レックス"だ……!」
思わず声が弾む。
「あっ、すいません、レックス様!!」
早速、呼び捨てにしてしまった。
「ははは、そんなに畏まる必要はない」
「いやいや、そんな恐れ多い……!」
「恐れとな……?」
レックスは不思議そうにする
「はい!伝説のプレイヤーで、公爵家当主で、それから――」
「……リリア」
エルヴィスが静かに遮った。
「はい?」
「落ち着け」
レックスが豪快に笑った。
「ははは。エルヴィス、なんだ?
お前嫉妬でもしているのか?」
「…どこをどうみたら、そうなるのですか」
エルヴィスは呆れた様子だった。
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歓談が進み、オレの緊張も柔らいできた頃。
レックスが楽しそうに言った。
「今度は私たちのいる別邸に遊びにくるといい!犬を飼っているんだ。」
「えー!この世界に犬いるんですか?」
思わず身を乗り出す。
レックスは満足そうに頷いた。
「NPCになったとき、一緒に贈呈されたんだ。オレの実家で飼っていた犬だが、なかなか賢くて強いぞ。」
「すごい……」
「オレは犬が大好きでな。だからアバターを獣人にしたんだ。」
その言葉に、私は目を瞬いた。
「えっ……実家?……獣人にした、ということは?昔の記憶があるんですか?」
レックスは少しだけ空を見上げて笑った。
「いや、記憶というよりデータが正しいな。所詮オレはオリジナルのコピーだ。」
その言葉に、胸が痛んだ。
オレはブンブンと首を横に振る。
「いやいや、その記憶がデータだったとしても、NPCになられてからは…NPCのレックス様が、この世界で生きてきたんですから、
―――だから
所詮とか言わないでください…」
一瞬、静寂が落ちた。
夫人も目を丸くしている。
なにか、気に障ることを言ってしまっただろうか
エルヴィスにフォローしてもらおうか
そう思いエルヴィスの方を見上げた
そのとき―
「ハハハ!」
レックスが豪快に笑った。
「なかなか、面白い考え方をする娘だ!」
オレは少しだけ頬が熱くなる。
その直後。
レックスは楽しそうに続けた。
「よし、祝言はいつあげる?」
「――えっ?」「――ぶっ!!」
隣で、エルヴィスが飲んでいたコーヒーを盛大に吹き出した。
「父上!?」
「違うのか?」
「違います!!」
私は完全に思考停止した。
夫人は優雅に微笑んだ。
「あら、私もとてもお似合いだと思いますわ!」
「ち、違……!」
声にならない。
レックスは肩を揺らして笑った。
「ははは、冗談だ。プレイヤーとNPCは結婚できないからな。」
はぁ…、そうだよな…。
その言葉に、私は少しだけ安堵する。
――しかし。
レックスは、楽しそうに続けた。
「だが、事実婚という形も悪くないだろう?」
「父上!!」
エルヴィスの声が珍しく大きく響いた。
オレは顔が真っ赤になり視線を落とした。
(じ、事実婚って……!?)
さらに
隣で静かに紅茶を飲んでいた夫人が、話に加わる。
「まあ……それも素敵ですわね」
「母上!?」
エルヴィスが絶望したような声を出す。
夫人は首を傾げた。
「だって、愛し合っているのでしたら、形式はあまり関係ありませんもの」
「愛し合ってません!!」
「まだ、でしたか?」
「違います!!」
オレは慌てて手を振る。
(なんか…恋人扱いされてる……!?)
「オ、オレはただの友人というか……その……!」
夫人は穏やかに頷いた。
「ええ、ええ。友人から始まる恋も素敵ですわよね」
「母上!!」
エルヴィスが声をあげる。
レックスは腹を抱えて笑った。
「ははは!エルヴィス、お前は昔から分かりやすいな!」
「貴方たちが話をややこしくしているんです!」
夫人はカップを静かにソーサーへ戻す。
「でも安心しましたわ」
「……何がですか、母上」
「あなたが、ちゃんと大切にしたいと思える方を連れてきてくださって」
エルヴィスが一瞬、言葉に詰まる。
「そういう理由では――」
「まあ、いずれそうなりますでしょう?」
夫人はにこやかに言い切った。
オレは会話に全く入り込めず、ポカンとしてしまった。
エルヴィスは額を押さえている。
その様子を見ながら――
夫人は紅茶を一口含み、ニコニコとほほ笑んでいる。
レックスも満足そうに腕を組んだ。
「うむ。将来が楽しみだな」
「だから誰の将来ですか!?」
応接間には、穏やかな笑い声が広がっていた。
――エルヴィス以外の。
その後もレックスや夫人に
からかわれるエルヴィスを見兼ねたイオリさんが
止めに入ったりして
いろいろあったが、
オレは楽しく過ごすことができた。
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しかし…
帰りの馬車の中。
オレは少し動揺していた。
(恋人とか……あり得ないし……)
ちらりと隣を見る。
エルヴィスはいつも通りの無表情に戻っていた。
あんまり、気にしていないのか?
それでもエルヴィスが、あんなにもからかわれるのは可哀想だ。
(そうだ……よし………)
オレは拳を握った。
(彼女、作ってやる……!!そしたら、誰もオレたちを恋人扱いしないだろう!!)
数日後。
大学近くの居酒屋。
賑やかな笑い声とグラスの音が、狭い店内に満ちていた。
「じゃあ男子、自己紹介いこっか〜」
幹事の声に、順番が回ってくる。
落ち着け……落ち着け……
オレはカッコいい…オレはカッコいい………
そうだ!!エルヴィスみたいに……
淳は、姿勢を正して一拍、間を置く。
「えっと……○○大学の――」
寡黙な男を意識する。
「よろしく。今日は有意義な時間にしたい。今この瞬間を楽しもう!」
余計なことは言わない。
数人が「おお〜」と笑う。
(よし……悪くない)
少しだけ手応えを感じた。
隣に座った女性が話しかけてくる。
「普段は何してるの?」
「ゲーム……とか、読書です」
「へぇ、どんなゲーム?」
「えっと……」
言葉を選ぶ。
落ち着いた話し方を意識しながら、
「世界観を重視したRPGが好きで――」
語り始めた瞬間。
自分でも分かった。
(……あ、これ語りすぎてる)
女性の相槌が、少しずつ減っていく。
笑顔が、微妙に固くなっていく気がする。
どうしよう、めっちゃ焦る。
「○○さんは?趣味とか」
「カフェ巡りかな〜」
「いいですね。今度おすすめを――」
言いかけて、止まる。
距離感が分からない。
結果、会話はどこかぎこちないまま終わった。
帰り際。
「今日はありがとう!また連絡するね〜」
女性は笑顔でそう言った。
オレは少し安心して、息を吐く。
(……いけたかも)
その日の深夜。
スマホを開きLINEを確認するが…
既読がつかない。
「……忙しいのかな」
もう一度確認する。
すると、アイコンが消えていた。
トーク画面を開く。
《このユーザーとは連絡が取れません》
「………………えっ?!」
しばらく画面を見つめる。
理解するまで、数秒かかった。
「……ブロック……?」
呟いた瞬間。
現実が、ずしんと伸し掛かってきた。
ベッドに倒れ込む。
「……無理……」
枕に顔を埋める。
(なんでだよ……)
どこがダメだったんだ?
昨日、今日会った人でも拒否られるのは辛い。
「……はぁ」
結局、その夜は逃げるようにログインした。
ログインはしたものの、今日に限ってレイカもサラもいない。
仕事もない。
行く宛もなく、トボトボ歩いていると
横を通り過ぎた馬車が止まりエルヴィスが顔を出す。
「なんだ、こんな時間に珍しいな?」
いつも通りの声。
それだけで、なぜか少し安心する。
「……どうかしたのか?」
「え?」
「顔色が悪い気がするんだが」
鋭い。
リリアは苦笑した。
「ちょっと……失敗しちゃって」
「失敗?とりあえず乗るか?」
リリアは迷ったが、1人でいたくなかったので有り難く座らせてもらう。
「それで…どうしたんだ?」
リリアは事情を、話そうか迷った。
格好悪すぎる。
しかし、心配そうにオレを見るエルヴィスに
気づけば話してしまっていた。
「その……恋人、作ろうとして」
エルヴィスの手が、わずかに止まる。
「……それで?」
「……………上手くいきませんでした」
エルヴィスは苦笑する。
「ちょっとエルヴィスの真似して、カッコつけたりして……でも、全然ダメで」
馬車の中が静まりかえる。
あれ?これ、引かれてるやつでは?
しばらくして――
エルヴィスは小さくため息をついた。
「……馬鹿だな」
「ひどっっ!」
「お前が俺の真似をしてどうする」
リリアはむっとする。
「だってエルヴィス、カッコいいし……」
言った瞬間。
しまった、と思った。
エルヴィスがこちらを見た。
視線が、やけに近い。
そしてエルヴィスはまた、ため息をつく。
「……俺は俺、
リリアは、リリアのままでいい」
エルヴィスの落ち着いた声に
リリアの胸が、強く締め付けられる。
「取り繕った言葉より、素の言葉の方が……ずっと人を惹きつける」
まっすぐな視線だった。
逃げ場がない。
「それに」
エルヴィスは少しだけ視線を逸らし、
「無理に焦って恋人を作る必要もないだろう、いつかリリアの良さを分かってる人が必ず現れるはずだ。」
そう言った。
その声音が、ひどく優しかった。
リリアの喉が詰まる。
「そうか………。
オレはオレのままで良いのか、ありがとう。」
小さく呟く。
エルヴィスの言葉にだんだん胸の奥が、温かくなる。
けれど同時に。
少しの不安も膨らんできた。
(なんだろう…、この気持ち……)
ゲームだから、リリアだから感じるのか?
それとも――。
答えはまだ、分からなかった。




