第十六話 月光花
あれから数カ月が経った。
その間、オレは大学へも通い始め、ゲームと講義に追われる慌ただしい日々を送っていた。
ゲーム内では、教会の修繕も無事に終わり、王都はようやく落ち着きを取り戻しつつある。
――だが。
対照的に、現実世界ではまだ事件は終わっていなかった。
冒険者ギルド長ゴールドが「ゲームによる健康被害」を理由に制作会社を提訴したのだ。
制作会社側は、 ゲーム障害の責任が必ずしも制作者にあるわけではないこと、 注意書きやルールを破って事件を起こしたのは被告側であることを主張し、争う姿勢を示している。
さらに、被告が成人している点や、制作会社への誹謗中傷、ゲーム内での騒乱による損害責任も問われる可能性があるらしい。
また、今回の事件に積極的に加担したプレイヤー――主に冒険者や商人――は、アカウント完全凍結という処分を受けていた。
「……さて、と」
今日は大学が午前で終わった。
このあとはログインして遊ぶ予定だ。
春休みに必死に貯めた経験値は、あの事件で全て初期化された。
「こまめにログインして、ポイント貯めないとな……」
軽く気合を入れ、オレはゲームを起動した。
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街は落ち着きを取り戻しつつあるものの、どこか浮き足立った空気がまだ残っている。
「お疲れ様でーす!」
オレが元気よく挨拶をすると
「あら、今日も元気ね」
店の奥から、ミカさんが笑いながら迎え入れてくれた。
「今日は商品の補充と販売をお願いね。ポーションは重いから、落とさないように気を付けて」
「はい!」
「それが終わったら、一緒に山へ薬草を採りに行きましょう。リリアったら、初期ステータスになっちゃったでしょう?最近は天気も良いから、きっと沢山収穫できるわよ」
その優しさが、じんわり胸に染みた。
「ありがとうございます、頑張ります!」
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「……ふぅ」
何度も重い箱を運び、ようやく補充を終える。
「やっぱ獣人にして良かったなぁ……」
なかなかの重労働に、獣人であることの有難さを感じた。
そのまま販売に回り、客に声をかけていると――
カラン、と扉が鳴った。
「いらっしゃいませ〜」
とにこやかに扉の方へ振り返るとそこに立っていたのは
――エルヴィスだった。
「あっ…、エルヴィス……!」
思わず駆け寄る。
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あの事件の後。
エルヴィスは公爵夫妻に引き取られ、すぐ医師の元へ運ばれた。
さらに出自が公表され、事件を収めた英雄として、プレイヤーにもNPCにも絶大な人気を得ていた。
――プレイヤーを差し置いてNPCが英雄になるなんて、皮肉な話だけど。
傷はほぼ癒えたものの、知名度が上がり過ぎた影響で、現地出動は禁止され、現在は事務任務のみを担当しているらしい。
また、イオリさんの助言もあり、しばらく静養を兼ねて仕事をセーブしているようだ。
「久しぶり!!どうしたんだ?」
オレはエルヴィスに声をかけた。
すると、エルヴィスはオレを見てニヤリと笑いながら
「お前の顔が見たくなってな…」
と、ぐっと顔が近付く。
「……はっ!?」
鳥肌がたった。
慌てて飛び退くと、エルヴィスは小さく笑った。
「冗談だ。店主に用があって来た」
「お前……そんな冗談言うタイプだったか……?」
衝撃を受けている間に、エルヴィスはミカさんへ向かう。
「お仕事中、失礼致します。この度は捜査へのご協力、感謝します。」
差し出されたのは菓子折りだった。
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教会での事件で、大量のポーションが使用されていた。その中の一部に、うちの商品が使われていた、という話が語られる。
「そうだったんだ……」
「大量注文の理由をきちんと確認しなかった私たちにも責任があるわ。今後は気を付けるわね」
「ご理解に感謝します」
ミカさんの協力的な姿勢に、穏やかな空気が流れる。
すると、話を終えたエルヴィスが
さっと、こちらを向いた。
「ところでリリア、この後の予定は?」
「え? ミカさんと薬草採りに行く予定だけど……」
ミカさんを見ると――
ミカさんは、はっ……とした様子で
額を叩いた。
「しっ……しまった〜、商人ギルドへ納品に行くのを忘れていたわ!!」
……急にどうしたんだ?
「ごめんねぇ、リリア一緒にいけなくなっちゃった。」
ミカさんが申し訳なさそうに手を合わせる。
「あぁ…でもまだ本調子じゃないでしょう?
心配だわぁ…誰か一緒に行ってくれないかしら………?」
とエルヴィスの方をチラチラ見上げる。
…もしかしてエルヴィスと行かせようとしてる?!
「いや、オレ一人でも――」
オレが即座に断ろうとすると、
「オレが共に行こう」
エルヴィスが先に返事をしてしまう。
「ありがとうございます〜、団長さま!!」
さぁ、早く準備をしろと言わんばかりに
グイグイとミカさんに押された。
こうして、オレとエルヴィスは二人で山へ向かうことになったのであった。
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エルヴィスの護衛付きということを活かして、普段より奥地まで足を延ばす。
途中、初級〜中級モンスターに出会ったが、エルヴィスの相手ではなかった。
「……はや」
一瞬で片付いた。
あまりの剣の美しさに、思わず見惚れてしまう。
――オレも、次は騎士になってみようかな。
そんな柄にもないことを考えながら歩いているうちに、平地が見えてきた。
「すっっげぇー……」
視界いっぱいに広がる美しい草原に、思わず声が漏れる。
「任務の途中で見つけた場所だ。良い場所だと思ってな」
「こんなところ来たことないよ!珍しい薬草もいっぱいある!」
大興奮のオレをエルヴィスが優しげにみつめている。
うっ……なんか気まずい。
「ほら、エルヴィス!お前も手伝えよ〜」
と草原のなかへ、腕を引っ張る。
エルヴィスは薬草の採取は初めてというが、なかなか筋が良い。
「あっ…それ雑草だ」
「……そうなのか、なかなか難しいな」
「見分け方はな――」
他愛のない会話を交わしながら、薬草を摘み続ける。
慣れた作業のはずなのに、なんだか凄く楽しかった。
やがて、アイテムBOXがパンパンになったころ
「そろそろ帰ろう」
とオレが声をかけると、
エルヴィスは首を振った。
「山を下る前に、少し休憩をしよう」
花が美しく咲く見晴らしのよい場所に腰を下ろすと、エルヴィスはイオリさんから預かったというお茶とお菓子を出してくれた。
心地良い風がオレ達の間を吹き抜ける。
「今日はありがとな。こんな場所に来れるとは思わなかった」
とオレは声をかける。
「リリアが楽しめたなら、良かった。また来よう」
とエルヴィスから優しく眼差しが向けられる。
――なんか気まずい
「……ありがと」
と呟きながら、照れ隠しに菓子を口へと運んだ。
その後、しばらく草花が揺れる音を楽しんでいると…
エルヴィスが口を開く。
「そう言えば、リリアから貰った月光花だが……、ペンダントに加工したんだ」
エルヴィスの懐から小箱が取り出される。
「へぇ~、そうなんだ! 見せて見せて!
身を乗り出した瞬間、
ふと思い出した。
「あっ、そうだ月光花といえば…!調べたら、オレたちの世界にも月光花っていう花があったんだよ。それで…まぁ、形とかは全然違うんだけど、花言葉が"希望"なんだって」
うまく説明できない中でも、エルヴィスは静かに聞いてくれている。
「エルヴィスってさ、爆破事件があってから英雄とか言われてて、この世界の"希望"みたいな存在じゃん。だから……あの花を渡せて良かったって思ってんだよね!!」
そう言って、顔を上げたとき、
エルヴィスはとても真剣な顔つきをしていた。
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「オレはリリアが居たから、迷わず戦うことができた。それに、助けが必要なあの場面で、うちの両親が居たのは偶然ではなく、リリアに会うためだった。」
エルヴィスは静かに箱を開ける。
「オレにとっての"希望"はリリア、君だ。
だから……これを、受け取ってほしい」
そこには、二つのペンダントが並んでいた。
「えっ…オレに?……いいのか?」
「暗闇で見ると光る。それから、このペンダントは対になっていて―――」
合わせると、花弁が美しく重なった。
「すご……!!ありがとう」
早速、首にかけてみる。
するとエルヴィスも、もう一つを身に付けた。
それを見て、オレはハッと我に帰る。
――待て。
これ、恋人がやるやつじゃないか?
そう気付いた瞬間
「似合うな」
そう満足げに言われて、外すタイミングを完全に失ってしまった。
「あ、はは……このアバター可愛いからな〜…。さすがオレが作ったアバターだなぁ!あはは…」
と笑って誤魔化すことしか出来なかった。
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気付けばすっかり日が落ちていた。
街へ戻る道を、エルヴィスが送ってくれる。
紳士的な振る舞いに、オレも男として見習わないとな……なんて考えながら、別れ際に、
イオリさんへのお菓子のお礼に先ほど採取した花を渡した。
エルヴィスは快く引き受け、公爵邸へと帰っていった。
オレは大きく手を振る。
薄暗い街灯の下で
胸元のペンダントが、静かに光を放っていた。




