第十三話 規制の影響(エルヴィス視点)
リリアが屋敷を出てから――。
公爵邸の空気は、妙に静かになった。
騒がしいわけでもない。
仕事が減ったわけでもない。
むしろ逆だ。
それでも、どこか足りない。
廊下を歩けば、使用人達がわずかに視線を交わす。
「最近、屋敷が落ち着いていますね」
侍女の一人が、ぽつりと漏らした。
「……そうか?」
「ええ。以前は、廊下で転びそうになったり、荷物を抱えて走っていたり……賑やかでしたから」
リリアのことだ。
エルヴィスは何も言わなかったが、使用人達の顔はどこか寂しそうだった。
――あいつは、屋敷の空気まで変えていたのか。
小さく息を吐く。
考えても仕方のないことだ。
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そんな折だった。
「エルヴィス様。王室より連絡が入っております」
イオリが淡々と告げる。
「……またか」
マジックアイテム規制による混乱は、想像以上に広がっていた。
「今回は、旦那様と奥様もお呼びだそうです」
「……父上と母上が?」
思わず眉が動く。
あの二人が王に呼ばれて出向くなど、滅多にない。
むしろ――ほとんどない。
「珍しいな。王が直々に謝罪でもするのか」
皮肉めいた冗談を言う。
「いえ」
イオリはわずかに口元を緩めた。
「リリア様の話をしたところ、一度会ってみたいと」
「……は?」
「それで来訪を決められたそうです」
「……」
エルヴィスは額を押さえた。
あの自由人達が、そんな理由で動くのか。
――心底、呆れていた。
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だが感傷に浸っている暇はなかった。
騎士団は、かつてないほど多忙だった。
規制に対する抗議。
プレイヤー同士の衝突。
そして――
NPCを狙った犯罪。
「第二騎士団!通報だ!商業区北通り!」
伝令が飛び込む。
エルヴィスは即座に立ち上がった。
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現場に到着した時、既に被害は出ていた。
商人NPCが地面に倒れ、商品が散乱している。
加害者のプレイヤーは、腕を組んで立っていた。
「やっと来たかよ」
苛立った声が響く。
「遅ぇんだよ。オレはプレイヤー様だぞ?」
騎士達の空気が張り詰める。
エルヴィスは淡々と歩み寄った。
「事情を聞かせてもらおう」
「は?事情?」
男は鼻で笑う。
「金払ったのに、売り物ねぇとか言いやがったんだよ。このNPC」
「だから?」
「ちょっと脅してやったんだ。それなのに抵抗しやがってオレが怪我しちゃっただろ?」
沈黙が落ちた。
「さっさとオレを助けろよ。それが仕事だろぉ」
部下の一人が剣に手をかけかける。
エルヴィスは、静かにそれを制した。
「……暴行罪で拘束する」
「は?お前、ふざけんなよ。こっちは被害者だぞ。」
吐き捨てられた言葉。
エルヴィスは表情を変えなかった。
ただ淡々と命じる。
「連行しろ」
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処理を終えた頃には、夜になっていた。
屋敷へ戻る頃には、月が高く昇っている。
廊下を歩く。
そして、ふと足を止めた。
月光花が、まだ飾られていた。
淡い光を宿した花弁が、静かに揺れている。
――リリアが置いていったものだ。
あの日。
NPCのために泣いた姿。
そして――
抱きしめられた温もり。
無意識に指先が花へ伸びる。
「……」
プレイヤーにも、ああいう奴らがいる。
そう思えば。
「……まだ、守る価値はある」
小さく呟いた。
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「エルヴィス様」
背後から声がする。
振り返ると、イオリが立っていた。
「リリア様から預かっていた物がございます」
差し出された包みを受け取る。
中には大量の菓子が詰まっていた。
「……こんなに」
「差し入れだそうです」
「……あいつ」
思わずため息が漏れる。
「だから金欠になるんだ」
だが、口元はわずかに緩んでいた。
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「それと」
イオリが続ける。
「教会の様子がおかしいので、見に行ってほしいと伝言を」
エルヴィスの表情が変わる。
「詳しくは?」
「教会周辺に不審者がいるとのことです」
「……分かった」
すぐに踵を返した。
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教会に到着すると、シスター達が慌ただしく迎えた。
夜分に申し訳ないが、事情を聞く。
だが――
「昨日、今日と姿を見かけなくなったのです」
「逃げた可能性もありますね」
「はい……」
エルヴィスは周囲を見回した。
不自然な気配はない。
「巡回を増やします。何かあれば即座に通報を」
「ありがとうございます」
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騎士数名を伴い、屯所へ戻る途中だった。
夜の街は静まり返っている。
その時――
空気が震えた。
閃光。
次の瞬間。
轟音が、街を引き裂いた。
地面が揺れる。
遠くで、悲鳴が重なる。
エルヴィスは即座に振り返った。
爆煙が立ち昇る。
その方角は――
「……教会だ」
静かな声だった。
だが、その瞳には、凍りつくような光が宿っていた。
「総員、急行」
騎士達が一斉に駆け出す。
エルヴィスもまた、剣を抜いた。
胸の奥で、不吉な予感が脈打っていた。




