第十二話 規制の影響
現実世界の淳。
「おー、荒れてるなぁ。」
先日、制作会社からプレイヤー全員へ、数十種類のマジックアイテム規制の通知が届いた。
その影響で、ゲームの掲示板は荒れに荒れている。
制作会社への怒り。
返金対応についての議論。
規制を擁護する声。
コメント数が多すぎて、とても追いきれない。
「これって……エルヴィスが王室に依頼した規制の件だよな……」
画面を見つめながら呟く。
「あんな事件があったんだし……仕方ない、よな」
そう言い聞かせながらも、少しだけエルヴィスのことが気になった。
「時間あったら……イオリさんのところ行ってみるかな」
そんなことを考えながら、オレは今日もいそいそとゲームへログインした。
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ベッドで目を覚ます。
今日も経験値を上げるため、仕事へ向かう予定だ。
だが、その前に――
一つ、やっておきたいことがある。
教会への寄付だ。
この前、教会の小屋で一緒にいたNPCのことが、どうしても頭から離れない。
エルヴィスは言っていた。
あのNPC達には、教会に救われる役割があると。
ならば――
オレが教会に寄付をしたら、間接的に彼らを救えるのではないか。
そう考えたのだ。
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教会に着くと、多くのシスターが祈りを捧げていた。
静かで、厳かな空気が流れている。
「……ちょっと待つか」
周囲を見回したが、すぐに対応してくれそうなシスターが見当たらない。
扉の近くで待つことにした、その時だった。
教会の敷地外を、数人の男達がうろついているのが目に入った。
「……入りづらいのかな?」
そう思い、声をかけようと一歩近づく。
「すみませ――」
男達はオレに気付いた瞬間、そそくさとその場を離れていった。
「……なんだったんだ?」
妙に気になったが、深く考えないことにした。
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やがて教会の扉が開き、シスター達が外へ出てきた。
その中の一人に声をかける。
「あの、寄付をしたくて来ました」
シスターは柔らかく微笑んだ。
「それは、ありがとうございます。司祭様のところへご案内いたしますね」
「し、司祭様!?」
思わず声が裏返る。
「い、いや……そんな大した金額でもないので!ここで受け取っていただければ……!」
今の全財産ではあるが、給料一ヶ月分にも満たない。
するとシスターは、ゆっくり首を横に振った。
「金額の大小ではございません。例え銅貨一枚であったとしても、あなたの真心から捧げられたもの。無碍にはできません」
「……」
そこまで言われると、断れない。
「わ、分かりました……」
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司祭は、とても感じの良い人物だった。
「この度は、誠にありがとうございます」
丁寧に頭を下げられ、こちらの方が恐縮してしまう。
「寄付をいただいた方には、お祈りを捧げております。こちらの書類をご記入ください」
差し出された紙には、
・プレイヤー名
・寄付の使い道
と書かれていた。
オレは少し考え――
小屋の修繕
モンスター襲撃で負傷した人達の治療費
と記入した。
「ところで」
ふと思いつき、口を開く。
「司祭様は、プレイヤーの方なんですか?」
司祭は穏やかに微笑んだ。
「いえいえ、わたくしはNPCでございます。シスター職はゲーム内で、それほど人気がなくて……」
「そうなんですか?」
「毎日お祈りの繰り返しですから、刺激を求められる方には敬遠されがちなのです」
「……確かに」
あっ、
納得しては
失礼だったかもしれないと
「では、こちらは何の神様を祀っているんですか?」
話題を変えるように尋ねる。
「こちらでは特定の神様は祀っておりません。プレイヤーの方が、それぞれ信じる神へ祈りを捧げております。NPCは創造主たる制作会社様へ祈りを捧げております」
「へぇ……」
妙にこの世界らしい話だと思った。
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司祭に挨拶をして、部屋を出る。
すると、掃除をしていたシスターが近づいてきた。
「あなたは……この前の。またお会いしましたね」
「あっ!美人なシスター見習いさん!」
女性は、少し照れたように笑う。
「今は、シスター・セレナと申します。見習いから正式に任命されました」
「そうだったんですか!おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
嬉しそうに微笑んだ。
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「あの事件のあと、大丈夫でしたか?騎士団の方に保護されたと聞いておりましたが……心配していたんです」
「はい、大丈夫です。問題なく過ごせてます」
「それは良かった……」
セレナは安心したように息を吐いた。
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「それにしても、随分な騒ぎになってしまいましたね」
「マジックアイテム規制の件ですよね?ログイン前に掲示板を見たら、炎上してましたよ」
「炎上……?」
「えっと、ネットで大喧嘩してるみたいな感じです」
「あら……物騒ですわね」
少し首を傾げるセレナを見て、思わず笑ってしまう。
世間知らずな様子が……
「なんだか、本物のシスターみたいですね」
「そうでしょうか?」
不思議そうにしていた。
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だが、セレナはすぐに表情を曇らせた。
「物騒と言えば……最近、教会の周りをうろつく方が増えているんです」
「え?」
「なんだか、怖くて……」
「オレも、さっき見ました。声をかけようとしたら逃げちゃって」
「まぁ……」
セレナは胸元で手を握る。
「通報するほどではございませんが……冒険者ギルドに護衛を依頼するべきか迷っているんです」
「それなら」
オレはすぐ答えた。
「第二騎士団に伝えておきます。相談には乗ってくれると思います」
「本当ですか?」
「はい」
セレナはほっとしたように笑った。
「ありがとうございます。リリアさんは、本当にお優しい方ですね」
「いやいや、たまたまです」
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「ところで」
セレナがまた少し不安そうに言う。
「今日はどうして教会へ?まさか……また散財を……」
「違いますよっ!!」
思わず声が大きくなる。
「今日は寄付です!一瞬でしたけど、お世話になった小屋が壊れてしまったので」
その瞬間、セレナの表情がぱっと明るくなる。
「それは素晴らしい行いです!」
「寄付をしてお祈りを捧げると、神――制作会社様からポイントをいただけることもあります。大幅に経験値が上がる方もいるとか、いないとか……明日のお祈りは、より心を込めますね」
「それは……ありがとうございます」
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その後も少し話し込み、セレナとは自然と友達になった。
ゲーム内で出来た、初めての友達だ。
なんだか、とても嬉しかった。
それから数日――。
急に仕事が忙しくなった。
どこの店も忙しいらしく、薬草の供給がまったく間に合っていない。
「リリア!それ、棚に補充お願い!」
「はい!」
走るように店内を移動する。
気付けば、店の商品はすべて完売していた。
「やったわぁぁ!」
ミカさんが帳簿を抱えながら歓声を上げる。
「噂だと、冒険者ギルド総出でダンジョンに挑むらしいわ。その準備ですって。過去最高売上よ〜」
「そうなんですか……良かったですね」
そう言いながらも、さすがに疲労が顔に出ていたらしい。
ミカさんは、そんなオレを見てにやりと笑った。
「皆ありがとね。今日はもう売るものもないし……どこかご飯に行きましょう!」
「えっ、いいんですか?」
「奢るわよ!」
「よっしゃぁ!!」
店員全員が一斉に声を上げた。
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向かったのは、焼き肉屋だった。
ゲーム内ならではの、見たこともない肉が並ぶ。
「これ、ドラゴン種の肉らしいわよ」
ケイトが嬉しそうに皿を差し出す。
「えっ、マジで?」
「味が濃くて美味しいのよ〜」
一口食べる。
「……うまっ」
思わず声が漏れた。
現実ではまだ飲めない酒まで注文してしまう。
もちろんプレイヤーは酔わないが、雰囲気が楽しい。
「最高〜〜〜」
思わず天井を見上げた。
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「そういえば」
ソフィが箸を止め、こちらを見る。
「リリアって、現実では何してるの?」
「え?」
突然の質問に少し戸惑う。
「えっと……だいたいゲームしてるかな。最近は友人二人と卒業旅行に行ったりして」
「学生?」
「うん。春休み中だから、ほぼ毎日ログインしてる感じ」
「へぇ〜」
ソフィが興味深そうに頷く。
「部活動とかは?」
「あ〜そろそろアルバイトを始めようかなって思ってるんだよね」
その瞬間――。
「えっそうなの?
そしたらログイン率下がるのかしら…」
ソフィが本気で悲しそうな顔をする。
「寂しいわ……」
ミカさんまで腕を組んで頷いた。
「……なんか」
オレは思わず笑ってしまう。
「必要とされてるみたいで、ちょっと嬉しいです」
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「ちなみに皆さんは?」
そう聞き返すと、
ミカさんが肩をすくめた。
「私は家に帰ったら、旦那と子ども五人の世話よ」
「五人!?」
思わず声が裏返る。
「まだ小さいの。毎日戦争ね」
「……尊敬します」
世話好きな性格は、ここから来ているのかもしれない。
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「私はショッピングが趣味かな」
ソフィが笑う。
「部屋、物で溢れてるけど」
「……ちょっと分かります」
妙な親近感が湧いた。
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「おれは食べ歩き!」
ケイトが胸を張る。
「この店もオレが見つけたんだぞ〜感謝しろよぉ」
「さすがです」
職場で常にお菓子を食べている理由が分かった気がする。
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その後も様々な会話をした。
とても楽しい時間だった。
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帰り道。
一人で夜の街を歩く。
ふと、違和感を覚えた。
どこか張り詰めた空気。
露店の店主が、苛立った声で客と話している。
冒険者達も、どこか落ち着かない様子だ。
「……規制の影響かな」
小さく呟く。
商人や冒険者にとって、マジックアイテムは重要な商材だ。
フラストレーションが溜まるのも無理はない。
「まぁ……」
空を見上げる。
「オレは薬師だし。あんまり関係ない……よな」
そう思う。
そう思ったはずなのに――。
脳裏に浮かぶのは、エルヴィスの顔だった。
忙しそうに働いている姿。
「……差し入れでもしようかな」
ぽつりと呟く。
「ケイトにおすすめ聞いてみよ」
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数日後。
街の中央広場付近を歩いていた時だった。
遠くで、何かが光った気がした。
「……?」
次の瞬間。
轟音が、空気を引き裂いた。
地面が揺れる。
建物の窓ガラスが一斉に震えた。
「なっ……!?」
遅れて、悲鳴が上がる。
煙が、空へと立ち昇っていく。
「……爆発?」
誰かの声が震える。
そして――
教会の方角から、鐘の音が鳴り響いた。
警鐘だった。
「なにが…起こったんだ…?」
オレは呆然と空を見上げていた。




