第十話 帰還
公爵邸へ戻った後――
「リリア様!!!!」
屋敷中に響くほどの声で、イオリが駆け寄ってきた。
「なぜ通報ボタンを使わなかったのですか!!」
「いや……その……」
言い訳を探す間もなく、メニュー画面を強制的に開かされる。
「はい、ここです。ここを押してください」
「……はい」
「もう一度」
「……はい」
「まだです。もう一度」
「……はい」
何度も、何度も、通報ボタンを押す練習をさせられた。正直、何をしているのか分からない時間だったが、イオリの目は本気だった。怒っているというより――心配していたのだと分かる。
「次は必ず使用してくださいね」
「……善処します」
「善処ではなく、絶対に使用してください」
「はい……」
ようやく解放され、俺はため息をついた。
そう言えばエルヴィスはどこへ行ったんだろ…
イオリさんへ問いかける。
「エルヴィス様なら、先ほど仕事へ戻られましたよ」
「……もう?」
「ええ。討伐依頼の調整などがあるそうです」
働きすぎだろ……。俺を探しに来て、山を駆け回って、そのまま仕事に戻るとか。
「……大きな借り、だよな」
月光花だけじゃ、全然足りない気がする。
「いつか、返せるといいんだけどな……」
ポツリと呟く。
「そのように仰るのは、リリア様くらいですよ」
気付くと、イオリさんが穏やかな顔で笑っていた。
「他の方は、我々をゲームのシステムとしか見ておりません」
「……」
「実際、我々はNPCです。プレイヤーを楽しませ、支援する。それが役目です」
淡々とした口調なのに、どこか優しかった。
「ですから、借りなどと気にする必要はありませんよ」
そう言ってから、イオリさんはふっと表情を明るくする。
「それにしても――」
手元を見て、イオリさんの目がぱっと輝いた。
「なんて美しく立派な月光花でしょう!」
「そんなに珍しいの?」
「滅多に市場には出ません。希少種ですから」
周囲にはメイドたちも集まってきていた。
「早速飾りましょう」「花瓶はどれにしましょうか」「応接室が良いのでは?」楽しそうに相談が始まる。
やがて月光花は大きなガラス花瓶に生けられ、淡く青白い光が、室内を柔らかく照らしている。
「……綺麗だな」と思わず呟く。
「ええ。ですが月光花は保存が難しい花です」
「そうなの?」
「はい。枯れる前に加工するのが一般的です。マジックアイテムの素材にも、装飾品にもなります」
イオリさんは俺を振り返った。「どうなさいますか?」
「……いや、エルヴィスにあげたものだから。あいつに任せるよ」
「……なんと!」イオリさんの顔が一瞬で華やぐ。「こちらが、旦那様への贈り物だったのですね!」
「まぁ、そうなんだけど…薬草採取のときに、たまたま見つけて…」
ってイオリさん全然聞いてない。
絶対誤解してるだろ……
事情を一生懸命話したが、全然聞いてなかった気がする。
イオリさんが楽しそうに去っていく後ろ姿を見送り、
俺はため息をついた。
その後、メイド達の間では、リリア様が旦那様の為に危険を冒してまで、月光花を取りに行った
と脚色した噂が流れ、誤解を解くのが本当に大変だった。
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その後の一週間。
山はキラーラビット討伐のため封鎖され、俺は公爵邸に滞在することになった。
最初は落ち着かなかった豪華な部屋も、少しずつ生活に馴染んでいった。
朝は庭園を散歩し、昼はイオリさんに薬草知識や調剤法を教わり、夜は図書室で資料を読む。メイドたちとはちょっとした遊びもあった。
「リリア様、今日は私の編んだ靴下を試してみますか?」
「えっ、靴下?」
「はい!長距離散歩用です。つま先に小さなポケットもついてます!」
「いや、それ散歩で何入れるんだよ……」
メイドのアンナが得意げに見せる。
寒い冬や、足の臭う殿方におすすめですよ。
つま先にカイロやハーブを入れてみたり…少し歩きにくいかもと、ジャンプをした。
高くジャンプしすぎて、ポケットの中身が散乱してしまった。
ごめんなさいと肩を落とすと。
小さな笑い声が部屋に響いた。
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仕事にも通った。ミカさんが心配そうに駆け寄ってきた。
「リリア!!無事だったのね!」
「すみません……」
「謝るのはあと!本当に心配したんだから!」
奥から他の同僚たちも顔を出す。
「山で行方不明って聞いて焦ったのよ」とソフィ。
「ちゃんと通報使えよ!ホント無茶するなよな」
口調は乱暴だが心配してくれる様子のケイト。
皆ほっとした顔をしていた。
胸が温かくなる。
「……うん、皆ありがとう……」
少し涙ぐんでいると
ミカさんはそっと肩に手を置き、優しく呟く。
「これからは、危ないことは避けるのよ」
この職場を大切にしたいと心から思った。
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夕方になると、仕事を終えたエルヴィスが応接室に戻ってきた。月光花をじっと見つめている。
「……気に入った?」
思わず声をかける。
「……別に」
即答だが視線はまだ花に向けられている。
「枯れる前に加工したほうがいいらしいぞ」
「分かっている」
「何にするんだ?」
「……まだ決めていない」
そう言いながらも、どこか嬉しそうに見ている。
喜んでもらえて良かった。
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やがて討伐が完了し、山の封鎖も解かれた。
俺は改めて薬草採取へ向かい、今度こそ家賃を支払っって公爵邸を出た。
自宅へ戻り、部屋を見回す。
……驚くほどに、何もない。
「よーし!」
思い切り伸びをする。
「俺も、あのくらい素敵な屋敷に住めるように頑張るぞ〜!」
小さく拳を握りしめた。
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さらに一週間後、二回目の給料が振り込まれた。
金貨二十五枚。
「……え?」
思わず二度見する。
ステータスを確認すると、
薬師見習い → 薬師
に昇格していた。
嬉しくて飛び跳ねそうになるが、俺は調子に乗るとロクなことがない。
「……深呼吸、深呼吸……」
そして、「まだ大事なことが残ってる」
――今度は絶対忘れない。
今月分の家賃を振り込み、
「よし……これで安心だ」
続けてメールを開き、サラとレイカを街へ誘った。
薬草採取を手伝ってもらった礼を――まだしていないからな…。
二人からすぐにOKの返事が届いた。
「よし!ポルコ集合だ!」
俺は上機嫌で部屋を飛び出した。




