第八話 エルヴィスの秘密
「おはようございます。朝食をお持ちしました」
執事長のイオリが朝食を運んできた。
今日も美味しそうだ。
公爵家に来て、もう三日。
あれからエルヴィスは相変わらず忙しく、朝早く出て遅く帰る生活を続けている。屋敷にいても事務処理に追われ、部屋からほとんど出てこない。
……また倒れたりしないだろうな。
そう思うが、居候のオレが口を出す立場じゃない。
それに今日、薬草を取りに行けば家賃分が貯まりそうだ。
当初は一週間かかると思っていたが――
やはり持つべきものは友達だ。
セラとレイカが時間を見つけて薬草採取を手伝ってくれた。本当に助かった。
今日は二人とも忙しいらしいが、
あと銅貨五枚。
一人でも十分いける。
教会の事件もゲーム内で大きく報道され、現実でもプレイヤーの特定や誹謗中傷が広がっていた。制作会社もマジックアイテムの規制を強化するらしい。
その件もあって心配して、手伝ってくれたみたいだ。
……今度の給料日、ちゃんと二人に礼をしないとな。
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下膳に来たイオリに、今日屋敷を出る予定だと伝える。
「リリア様はお世話のしがいがあって……短い間でしたが楽しかったです。よろしければ、もう一泊されては?」
……お世話のしがいって?
ちょっと失礼な気もするが、別れを惜しんでくれているのは分かった。
「いやいや、これ以上はさすがに迷惑かけられないよ」
本当はエルヴィスにも挨拶したかったけど、
イオリ曰く、今日も朝早く出掛けてしまったらしい。
……せめて礼くらいはしたい。
でも貴族への礼って何を渡せばいいんだ?
そう考えて、ふと思う。
エルヴィスのことを一番知っているのは――
「なあイオリさん。エルヴィスについて教えてくれない?」
その瞬間。
「えっ……リリア様!!エルヴィス様にご興味がお有りですか!? 何でもお答えいたします!!」
ぐいっと身を乗り出してきた。
……こんなイオリ、初めて見た。
「いや、興味っていうか……世話になったし、礼がしたくて。好きなものとか知りたいんだ」
「……そうでしたか」
なぜか少しだけ肩を落とすイオリ。
「しかしリリア様は滞在中たくさん手伝ってくださいました。それで十分かと」
「それはイオリさん達への礼だよ」
そう言うと、イオリはなぜか涙ぐんだ。
「……リリア様は本当にお優しい方ですね」
今日、情緒どうした。
「エルヴィス様の好きなもの……。食事には興味を持たれませんし……。ああ、小さい頃はマジックアイテムでよく遊ばれていました」
「マジで? 何で?」
思わず食い気味になる。
「お気に入りは光る粉でした。暗闇で敵味方を判別する道具なのですが、剣に振りかけて振り回しておりました」
……普通にやんちゃ。
「他には?」
「お母上の寝室のシャンデリアを取ろうとして叱られたり……池に映る月を取ろうとして落ちたり……」
そこからイオリは、エルヴィスの幼少期を楽しそうに語り続けた。
うーん……子どもの頃は光るものが好きだったのかな。
……今でも好き、なのかな?
でも光るものって、何を贈ればいいんだ?
「リリア様?」
呼ばれて我に返る。
「あっ、悪い。ちゃんと聞いてた!」
「贈り物とは気持ちです。相手を想って選ばれたものなら、それだけで価値があります」
(……そういうものかな)
でも出来れば喜んでほしい。
「ありがとな。ちょっと考えてみる」
「お役に立てたなら光栄です。旦那様のお話をするのも久しぶりで……わたくしも楽しかったです」
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エルヴィスについて話す人がいない?
ふと気になった。
「この屋敷ってエルヴィスだけが住んでるの? 母親の部屋とかあるんだろ?」
肖像画が一枚もないのも少し不思議だった。
まさか……何か事情が?
そう思って暗い顔になる。
するとイオリが慌てて声を上げる。
「リリア様! ご両親は大変お元気です! 現在は隠居されております!」
「びっくりした……良かった……」
「肖像画は隠居先へ持って行かれました。エルヴィス様は装飾に興味が薄いので、この屋敷も少々質素になっておりまして……」
少し寂しそうにイオリが呟く。
「それにエルヴィス様のお父上は有名なお方でして……」
「有名人? オレも知ってる?」
「ええ。元第一騎士団団長レックス様です」
「ええっ!? あのレックス!?」
最初のゲーム攻略者。確か記念にアバターをNPC化したって話があった、伝説的プレイヤーだ。
「そのアバターが結婚して子どもがいるなんて聞いたことないぞ」
「シークレットストーリーです。熱心なファンは知っております。それにレックス様は亜人差別問題にも尽力された方です」
「へぇ……」
元プレイヤーの子ども――
エルヴィスはNPCの中でも特別みたいだ。
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「つい、話し込んでしまいました。リリア様、そろそろお出掛けの時間では?」
「いつでも遊びに来てください。使用人玄関からでしたらお入りいただけます」
「ありがとう。また来るよ。イオリさんの好きな薬草茶、持ってくる」
「はい。楽しみにしております」
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イオリに見送られ、屋敷を後にする。とても良い人達だったな。ゲームだというのに、少し寂しさを感じる。
そんな俺の思いとは裏腹に、
薬草採取へ向かう道は、よく晴れていた。
深呼吸して、気合いを入れる。
よっしゃ、今日も頑張るぞー。
亜人種差別禁止とレックスについて
亜人種差別が禁止されたのは、約50年前の出来事である。
当時、初期攻略プレイヤーだったレックスは獣人アバターを使用しており、強い差別を受けていた。しかし、王室とも関わりの深い第一騎士団団長として功績を残したことで、亜人種差別撤廃を働きかけ、制度として確立させた。
なお「50年前」というのはゲーム内時間での話である。
レックスをNPCとして残すため、プレイヤーの脳スキャンおよび人格データの完全再現には長期間を要し、その間にゲーム内では約20年が経過した。
そのため、現在NPCとして存在しているレックスは、40代前後となっている。




