第十六話 変異
俺は『魔の森』に仰向けで倒れていた。意識は戻ったらしいが、動けないし、声も出せない。目は霞んで見えない、耳はほとんど聞こえない。意識なかったときとさほど変わらないな。
「ソースケさん!起きてください!ソースケさん!」
この声は…レイナか?少し聞こえるようになったが、はっきりとは聞こえない。なんて言ってるんだ…?朦朧とする意識の中、レイナが回復魔法を使っているのがわかった。回復魔法なんて使えたのか…。
だが、効果は実感できない。痛みが和らいでないのではない。もう痛みを感じていないのだ。音を聞く限り、戦闘はまだ続いているようだ。もう戦えない俺には関係ないがな。
あぁ、意識が薄れていく。なぜかわからないがまた意識が消えたら、もう二度と意識は戻らないだろうとわかった。これが死ぬってことか。不思議と恐怖は無い。ただ、他のやつには生きていてほしいと思っていた。
レイナとウォルフは無事でいてほしい。あとは…ミュールとか衛兵のおっさんとかもかな。なんでもいいから生きてくれ。そんなことを考えていると、一つの声が俺の頭の中に響いた。
『あ?なんだ、お前死ぬのか?』
この感覚は忘れるはずもない。神の声だ。死ぬのかって?見りゃわかるだろ。
『はっ、だっせぇな。他人に生きていてほしいなんて思っておきながら、テメェは死ぬのかよ』
好きに言いやがれ。頭より先に体が動いてたんだよ。俺も他人のために死ぬなんて馬鹿馬鹿しいと思っていたんだがな。
『はっ、馬鹿なやつだぜ、まったく。だが、お前も知ってるだろうが俺は優しいんだ。お前に選択肢をやろう』
選択肢?転生のときみたいなやつか?フザケたやつだったら、死んだあとお前をぶっ飛ばしに行くからな。
『選択肢は三つだ。このまま死ぬか、生き返るか、地竜を殺せる力を得て蘇るか。三つ目の場合は生き残るかは運次第だ』
なんだその選ぶ余地も無い選択肢は。前もそんなんだったろ。三つ目に決まってるだろう。
『ククク、三つ目を即答できるやつは中々いないぞ。やはりお前は面白いな』
そんなのはどうでもいい。地竜を殺せるんだろう?早く力をくれ。いや、違う。
━━━力を寄越せ、神。
『いい度胸だ。お望み通り力をくれてやる。見事生き残ってみせろ!』
そこで俺の意識は闇に飲まれた。
◇ ◇ ◇
私が回復魔法をかけ続けていると、突然ソースケさんが立ち上がった。
「だ、だめです、ソースケさん!まだ立ち上がっては…」
そう言いかけて私は気付いた。風でめくれ上がった服の下の体には傷一つ無かった。さっきまで動けないほどの大怪我だったのに…。
「もう大丈夫だ。下がっていろ」
ソースケさんは感情の見えない平坦な声でそう言って地竜に向けて走っていった。普段ではありえない邪悪な笑みを浮かべていたのは私の勘違いだと信じたい。
◇ ◇ ◇
意識が消えたと思ったら、一瞬で戻り傷もすべて完治していた。力が漲る。気分が高揚する。自分ではわからないが俺は今笑っているだろう。
俺は近くにいたレイナに声をかけ、地竜へ向けて走り出す。だが、地竜との距離はたった三歩で消えた。どうやらステータスがかなり上がっているようだ。力が漲っていたように感じたのはこのせいだろう。
地竜に肉薄したところで、俺は素手であることに気付く。このまま何もしないわけにはいかないので、俺は拳を振るう。それだけで地竜の鱗は砕け散り、肉が裂け、血が吹き出す。
[条件を達成しました。【格闘術Lv1】を獲得しました]
スキルを獲得したが、そんなのは俺の耳には届かない。もう一撃加えようとすると、地竜は前脚で俺を振り払い、俺は吹き飛ばされた。
…まったく痛くない。これは高いステータスのおかげか、もう痛みなんてものを感じていないのか。まぁ、どうでもいい話だ。地竜を殺せるなら。
そして俺は【万物創造】を発動させる。バットでは効き目が薄い。もっと殺傷力の高い武器を求め、【創造魔法】を発動させる。
俺の創造した武器は━━━大剣。バットと同じように扱えるがバットより殺傷力は高い。まさに俺の求めていた武器だ。総鉄製だから重いのは仕方無い。
俺は再び地竜に迫り、大剣を振り下ろす。すると大剣の刃が深々と地竜に食い込んだ。
[条件を達成しました。【大剣術Lv1】を獲得しました]
「グガァァァ!?」
地竜は苦悶に満ちた声で鳴いた。それでも俺は攻撃を続ける。もう一度【創造魔法】を発動させ、大剣を創る。もう一本の大剣を地竜に突き刺し、食い込んでいた大剣を引き抜く。それの繰り返しで地竜を滅多切りにする。
しかし、地竜がそれを黙って見ている訳は無い。地竜は大きく全身を震わせ、俺を弾き飛ばす。宙を舞う俺に尻尾を叩き込み、追撃と言わんばかりに【地属性魔法】の『地弾』を十発ほど放つ。
それらは俺にすべて命中する。しかし、俺はすぐに体勢を整え、地竜に反撃を開始する。そのとき、俺を支配していた感情は助けなければならないという正義感でも負けるわけにはいかないという不屈の闘志でもない。
━━━戦いが楽しい。もっと楽しみたい。
その一心で大剣を振るっていた。肉を裂く感触が、相手のうめき声が、与えられる痛みが、戦場の空気が、戦いを形成するすべてが俺を高揚させる。
「ハッハッハァ!」
いつもは絶対に出さない笑い声を上げながら、俺は戦いの渦に身を委ねた。
◇ ◇ ◇
あれからどれだけ経っただろうか。十分か、一時間か、あるいはもっと短いかもしれない。気がついたときには地竜は見るも無残な姿で横たわっていた。
勝った。地竜を殺したんだ。そう理解した瞬間、体から力が抜ける。倒れるのを止められない。
「ソースケさん!」
声のしたほうを向くとレイナが駆け寄って来たのがわかった。その後ろにはボロボロだが元気そうなウォルフの姿がある。どうやら無事だったようだ。
その後まもなく、俺は地に伏して気絶した。それが安堵して緊張が解けたからだというのはまだ俺は知らなかった。




