第9話「知っている人」
昼休み、給湯室で美咲さんと二人になった。
営業企画の佐藤美咲さんだ。白嶺様の部署にいて、以前、家に来たことがある。私の事情の一部を知っている。蜂の日にも、遠くから見ていた。私はコップを置き、軽く頭を下げた。
『佐藤さん』
「ムンムンさん、お疲れ様です。……呼んでいいですか、その名前」
『定着しているので。訂正しても、戻ります』
美咲さんは小さく笑った。笑うとき、目が細くなる。白嶺様を慕っている人の顔だ。恋の形は、私とは違う。それでも、白嶺様の側にいる人間として、私は彼女を敵だと思っていない。
「昨日の蜂、すごかったです。加藤さんも、聞いてましたよ」
『必要なことをしただけです』
「ムンムンさんは、いつもそう言いますね。でも、周りは助かったって顔してました」
私は返事に詰まった。称賛の受け取り方は、まだ下手だ。美咲さんは、そこを突かない。ただ、隣で自分の茶を注ぎながら、続けた。
「無理に柔らかくしなくていいですよ。ムンムンさんのままで、十分伝わってます。係長も、困ってる顔してるけど、嫌がってるわけではないです」
『……過去を、私の過去を知っているから、そう言えるのですか』
美咲さんの手が、一瞬止まった。否定も、肯定も、すぐにはしない。やがて、静かに頷いた。
「知っている分だけ、無理に変えろとは思わない、です。加藤さんの傍にいる人だってことも、なんとなく」
『私は、白嶺様を——加藤さんを、守ると決めています』
「はい。だから、ムンムンさんが会社に来たとき、少し安心しました。影が、昼にも座ってくれたみたいで」
影。昼。
その言い方が、胸に小さく刺さった。嫌な刺さり方ではない。美咲さんは、私の硬さを笑わない。直そうともしない。知っている人だけが持つ、距離の置き方だ。
出口の方で、陽太さんが通りかかった。こちらに気づいて、手を挙げかける。私は軽く会釈を返した。美咲さんは、そのやり取りを見て、ほんの少し目を細めた。
「人気者ですね」
『蜂の件と、菓子のお礼の、続きだと思います』
「……そう、ですかね」
美咲さんは深くは追わなかった。茶を飲み干し、「また話しましょう」とだけ残して先に出る。私は給湯室に一人残り、コップを洗った。
カイシャには、過去を知っている人もいる。
知らないまま、ムンムンと呼ぶ人もいる。
どちらも、今の私の席の周りにある。
鍵を確認する夜とは別の、昼の居場所の輪郭が、また少しだけ濃くなっ




