第5話「総務部とは」
席に座って三日目、私はまだ、総務部が何をする場所なのかを正確に把握していなかった。
キーボードで文字は打てる。名前とパスワードも覚えた。だが、「何のための文字か」がわからない。田村係長が朝、私の席に来た。
「月村さん、今日は総務の仕事、ざっくり説明するね。難しいことは後でいい」
『はい』
「まず、会社のみんなが困らないようにする部署。備品、書類、社内の手続き、問い合わせ……要するに、縁の下」
縁の下。家の話ではないらしい。私はメモを取った。田村係長は指を折りながら続ける。
「文房具がなくなったら補充する。会議室の予約を管理する。新入社員の案内もする。今月は月村さんがその側だったけど」
『私は、案内される側でした』
「そう、それが先週。来月からは、する側にも回るよ。あとは勤怠の集計とか、社内報の手伝いとか、地味だけど会社が回るための仕事」
地味。回る。私は言葉の一つひとつを、剣の型の名前を覚えるように繰り返した。田村係長が、そこで一つボケを入れた。
「要するに、総務は会社の『お母さん』みたいなもんだよ。いないと困る、いると安心」
『……お母さんが、文房具を補充するのですか』
「……比喩ね。比喩。月村さんのお母さんがやってるわけじゃない」
『はい。比喩、と理解しました』
田村係長はデスクの端を手で押さえ、天井を見てから「徐々にね」とだけ言って去った。またスベったらしい。私はメモの「縁の下」「お母さん(比喩)」の文字を見つめた。
午後、実際にやることが与えられた。備品棚の在庫を数える。ペン、クリップ、封筒。数字を紙に書き、キーボードで表に移す。単純だった。単純なのに、終わると田村係長が「お、いい感じ」と評価した。評価の基準も、まだよくわからない。
退勤前、廊下で白嶺様とすれ違った。
『加藤さん』
「お、覚えたな」
『総務部は、会社が回るための縁の下だと教わりました。お母さんの比喩も出ました』
白嶺様は、短く息を吐いた。笑っているのか、呆れているのか、今回も判別がつかない。
「いいじゃない。お前には向いてる」
『向いている、とは』
「深く考えなくていい。今日も座っただろ。それで十分だ」
白嶺様は先に歩いていく。私は総務の席に戻り、備品の表を保存した。カイシャで、総務で、縁の下の数字を扱った一日だった。
総務部が「何をする場所か」の輪郭だけは、少し見えた気がした。




