表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/41

第36話「会いたいです」

翌朝も、下書きは送れないままだった。

給湯室で美咲さんが「焦らなくていいですよ」と言い、玲奈さんが「人生は送信ボタンだ」と煽る。私は『人生を、ボタンには、できません』と返して席に戻った。陽太さんから業務の連絡が来る。返信する。誘いの文だけが、下に残る。飾った文は全部消した。残ったのは、いちばん短くて、いちばん正直な一行だった。

会いたいです。

白嶺様の言葉が、背中に残っている。ムンムンの文でいい。完璧を待つな。私は休憩のチャイムのあと、指でその一行を送った。送信済みの文字が、画面に定着する。顔が、耳まで熱い。取り消したい。取り消さない。影の一覧にはなかった行動を、また一つ自分の足で踏んだ。

三分後、陽太さんから返信が来た。

「会いたいです、って……僕もです。すごく嬉しいです。よかったら今週末、また食事しませんか。ムンムンさんから言ってもらえて、驚いたし、嬉しいです」

『はい。週末、空いています。場所は、お任せします』

送ったあと、デスクの下で拳を握った。田村係長が「ムンムン、また耳が赤い。二十六度か」と聞き、私は『二十六度です』とだけ返した。係長には中身は言わない。美咲さんと玲奈さんにだけ、後で給湯室で短く伝えた。

『送りました。会いたいです、と。飾って、いません』

「……いい言葉です。ムンムンさんらしい」

玲奈さんは「やったな」と肩を叩き、私は『やめてください。まだ、熱いです』と返した。


夜、家で白嶺様に報告した。

白嶺様はソファに横になったまま、茶を持っている。私はカップを直してから言った。

『送りました。会いたいです、と。白嶺様の、ムンムンの文でいい、が、背中に、ありました』

「届いたか」

『はい。週末、また食事に、なります。相手も、会いたい、と』

「そうか。よく送った」

短い称賛だった。だらしなさの中の、大きな見守りだ。彩華が私の膝に乗り、スマホの画面を触ろうとするので、私は端末を高く上げた。送信済みの「会いたいです」が、まだそこにある。

『自分から、誘いました。恥ずかしさは、残っています』

「残せ。消すな。それが本物だ」

『はい』

鍵を確認しながら、私はもう一度だけ画面を見た。恋という二字の隣に、会いたいです、という自分の文が並んだ。飾らないまま送れたことが、今夜の表のいちばん上にある。

三回目の食事は、週末に来る。

その入口を、今度は自分の指で開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ