第28話「余談」
週明けの給湯室で、美咲さんと玲奈さんが温泉の話をしていた。
「お湯、よかったですね。また行きたい」
「ムンムンが意外と湯好きだったの、収穫。次は長めに取ろう」
私はコップに水を入れながら、『楽しんで、きました』と短く足した。白嶺様には家で報告済みだ。彩華様に抱きつかれた夜の感触が、まだ肩に残っている。陽太さんへの二回目の誘いは、まだ来ない。余韻は、湯と、女三人のご飯の側にある。
入口が開いて、陽太さんが顔を出した。
「あ、三人とも。……ムンムンさん、お土産、ありがとうございました。机に置いてありました。温泉、行かれてたんですね。羨ましいです。楽しかったですか」
『はい。湯と、ご飯が、よかったです』
「よかった。僕も、いつか——」
そこまで言ったとき、玲奈さんが悪戯っぽく口角を上げた。
「鈴木くんにも見せたかったわ。ムンムンの、湯上がりの身体。引き締まった腰に、ちゃんとハリのあるおっぱいに、キュッと上がったお尻。写真は撮ってないけど、とんでもなかったわよ」
給湯室が、一瞬で熱くなった。
陽太さんの顔が、真っ赤になる。耳まで赤い。美咲さんが「玲奈さん」と小さく止める声を出す。私はコップを置き損ないそうになって、玲奈さんの袖のあたりを見た。
『ちょ、やめてください。玲奈さん』
声が、いつもの報告より高い。自分でわかった。照れている。湯の中で見られたことと、陽太さんの前で言語にされたことが、同時に来ている。玲奈さんは大成功、という顔で手を上げた。
「事実よ。褒めてる。鈴木くん、顔が真っ赤よ」
「ぼ、僕は何も——想像してないです。お土産、おいしかったです。失礼します」
陽太さんは逃げるように去り、美咲さんが額に手を当てた。
「言いすぎです、玲奈さん」
「ちょっとね。でもムンムン、拒否した。成長」
『……事実の、共有範囲を、超えています』
「その返し、好き」
玲奈さんは茶を持って先に出た。美咲さんが私に、小さな声で謝る。私は首を振り、『玲奈さんの、悪ノリ、だと理解しています』と返した。顔の熱は、すぐには下がらない。陽太さんの赤い顔が、胸元の一件と重なる。見せる前提ではない——白嶺様の言葉が、また意地悪く思い浮かぶ。
退勤前、白嶺様に廊下で会った。
『加藤さん。給湯室で、玲奈さんに、身体の話を、されました』
「温泉の時のか」
『はい。鈴木さんも、いました。赤い、顔をしていました』
白嶺様は、短く笑った。面白がっている。
「いい。恥ずかしがれ。それも、昼の人生だ」
『……はい』
家では、それ以上詳しく話さなかった。彩華様を抱き、鍵を確認する。スマホに、陽太さんから業務連絡が一つ。本文は事務的で、末尾だけ「お土産、ありがとうございました」とある。二回目の誘いは、まだ先でいい。
今夜の棚には、「やめてください」と声に出した自分と、赤い顔の陽太さんを、並べて置いた。
湯の余韻が、給湯室の余談になって、また一日が終わった。




