第24話「二人で」
駅前の店の前で、陽太さんと同時に着いた。
私は昨日買った私服を着ている。肩が合う。裾も、床を擦らない。胸元が、少し開いている気がしたが、白嶺様が選んだものだ。私は「動ける、派手ではない」とだけ受け取っていた。意図には、気づいていない。
「ムンムンさん、お疲れ様です。……あ、私服、似合ってます」
『ありがとう、ございます。鈴木さんも、私服、です』
「は、はい。会社のと、違いますね」
会話が、そこで一度切れる。どちらも、次の言葉を探している顔だ。陽太さんの耳が赤い。私の顔も、熱い。ド緊張、という状態らしい。入店し、席に案内されるまで、沈黙と短い「どうぞ」が交互に落ちた。
メニューを開く。文字は読める。選べない。陽太さんが「ここの、これが人気らしいです」と指差し、私は『それに、します』と乗った。注文のあと、水のグラスを指で回す。カイシャの報告より、言葉が出ない。
「つながり月間、本当に大変でしたね」
『はい。椅子が、足りませんでした』
「あ、はい。一緒に運びました」
『番号順、でした』
また切れる。なのに、嫌ではなかった。陽太さんが小さく笑い、私も、笑ってはいないが肩の力が少し抜けた。上手くつながらない。それでも、席に座っていることが、端の打ち上げとは違う熱を持っている。楽しい——の輪郭が、やっと手元に近い。
料理が来て、私は箸を取った。取り皿の先のものを取ろうとして、少し屈む。胸元が、前に開く。白嶺様がわざと緩くしていたラインから、淡いブルーのレースが、一瞬だけ見えたらしい。陽太さんの視線が、そこで止まって、すぐに窓の方へ逃げる。水を飲む音が、大きい。
「……む、ムンムンさん。料理、どうですか」
『熱いです。美味しい、と思います』
「よ、よかった。僕も」
陽太さんの耳が、さらに赤い。私は理由を知らない。下着の色も、胸元の意図も、白嶺様の「見せることになるかもしれん」を、この瞬間には結びつけていない。ただ、陽太さんが慌てていることだけがわかる。私は姿勢を戻し、胸元を直さずに食事を続けた。直す、という意識自体がない。
後半は、業務の話と、蜂ではない虫の話と、スマホの通知音の話で、ぶつ切りのまま続いた。つながらない。なのに、時計を見ると、思ったより時間が経っていた。楽しい、と心の中で一度だけ言ってみた。一覧に、載る気がした。
店を出ると、夜の風が冷たかった。
「送って、いきます。途中まででも」
『大丈夫です。家まで、一人で帰れます』
「そうですか。……また、二人で、いいですか」
『……一度、持ち帰ります』
陽太さんは前回と同じ言葉に、今度は笑って頷いた。分かれるとき、軽く頭を下げる。ド緊張は、最後まで解けきらなかった。それでも、肩の合う服で、二人で食事をした。通帳の数字が、今夜の形になっていた。
家に戻り、鍵を確認し、白嶺様に報告した。
『食事、行ってきました。会話は、上手くつながりませんでした。それでも、楽しかった、と思います』
「そうか」
『鈴木さんが、途中で顔を赤くしていました。理由は、わかりません』
白嶺様は茶を飲み、視線を私の胸元に一度だけ落とした。意図を、私はまだ知らない。
「次も、行け。服は、今日のでいい」
『はい』
彩華様の部屋を見たあと、私は淡いブルーの感触を、服の下に思い出した。見せる前提ではない。なのに、白嶺様の言葉が、夜になって少しだけ重くなった。理由は、まだ棚の奥だ。
二人で、を、一度乗り越えた。
つながらない会話のまま、楽しいが残った夜だった。




