第22話「私服」
翌日、社内では通常運転に戻っていた。
つながり月間の余韻と、MVPの拍手が、まだたまに話題に上る。私は備品の表を開き、田村係長の「ムンムン、今日は窓閉めてある」という事実確認に『はい』と返した。陽太さんとは、廊下ですれ違った。
「ムンムンさん。メッセージ、ありがとうございました。今週末の夕方、空いてますか」
『空いています。場所は、お任せします』
「じゃあ、駅前の静かめな店にします。終わったら連絡します」
『はい』
業務の返事に近い。なのに、顔の温度が違う。陽太さんは耳を赤くして営業へ戻り、玲奈さんが遠くから「あらあら」とだけ聞こえる声で言った。美咲さんは給湯室で「無理しないでくださいね」と短く微笑んだ。同居のことは、言わない。知っているのは、美咲さんだけだ。
夜、家で白嶺様に日程を報告した。
『今週末、鈴木さんと食事に行きます』
「そうか。服は」
『……スーツで、行きます』
「会社の延長になる。私服で行け」
私はクローゼットを見た。装束は置いてある。カイシャ用のスーツもある。いわゆる私服——街で食事をするときの服が、ほとんどない。今までは、白嶺様の古い服を借りてやり過ごしていた。今日、それを着てみると、肩が余り、裾が長い。白嶺様は背が高い。鏡の前で、私は袖を折り返した。
『サイズが、合いません』
「知ってる。昔からそうだ」
『では』
「買う。私が連れていく。服と、下着もな。」
下着、という言葉で、手が止まった。白嶺様はソファから起き上がり、カレンダーを見た。
「週末の前に、店へ行く。お前の食い扶持で払え。私は場所を示すだけだ」
『はい』
彩華様を寝かしつけたあと、私はスマホで陽太さんに『日時、承知しました』と送った。画面の向こうに、二人の食事がある。その前に、別の日で、自分のサイズの服を揃える。幸せの種類の前に、棚の部品が足りない感じだ。
白嶺様が、部屋の入口から言った。
「ムンムン。デートだと思え」
『デート、ですか』
「二人で食事だ。近い。詳しく知らなくていい。服だけ、先に揃えろ」
『はい』
鍵を確認しながら、私は白嶺様の余った肩のラインを思い出した。先に、自分の肩に合う服を買う。通帳の数字が、そのために使えるのだと、やっと少しだけ実感した。
買い物は、デートの前日。
その先に、陽太さんとの食事がある。
自分の人生の歩み方は、まだ一覧の途中だ。
それでも今夜は、サイズの合わない袖を畳んで、クローゼットに戻した。




