第20話「名前を呼ばれる」
つながり月間の結果発表は、社全体が集まる形で行われた。
大会議室に、各部署の社員が埋まる。前に小さな壇とマイク。司会進行は、営業企画部主任の加藤白嶺——白嶺様だった。私は総務の列の端に座り、スマホの音が落ちていることをもう一度確認した。
白嶺様は、いつもの主任の顔で、短く開会を告げた。多くは語らない。進行だけが、正確に進む。
「つながり月間の各賞を、発表します」
まず、部署連携賞。知らない名前が呼ばれ、拍手が起きる。
次に、アイデア賞。営業の誰か。
安全・改善賞。別部署の年配の方。
笑顔応援賞、という柔らかい名前の賞もあった。総務の隣の席の人が、小さく「それ欲しかった」と呟いた。田村係長は「係長賞はなし」と前置きして、周りを笑わせた。白嶺様は、その笑いを短く待ってから、次の紙を手に取る。
「運営MVP。現場の正確な管理と、社全体の導線を支えた功績により——総務部、月村無月さん」
『えっ...』
名前が、マイクを通って落ちてくる。
最初に来たのは、戸惑いだった。
月村無月——自分の、まだ新しい名字。ムンムンではない、正式な名前が、社全体の前で読まれている。席を立つべきか、拍手を待つべきか、身体が半拍遅れる。田村係長が背中を押すまで、足が動かなかった。
前に歩くあいだに、別のものが込み上げてきた。
恥ずかしさではない。蜂のときとも、ジムのときとも違う。表を合わせ、椅子を運び、貼り紙を直し、通路を空けた。それだけのことが、こんなに大きな音の拍手になっている。知らない部署の人まで、手を叩いている。誰かに、認められている。守る、斬る——以外の形で、自分の一日が受け取られている。
胸の奥が、熱い。
喜び、と呼んでいいのか、まだ自信がない。なのに、目の奥が熱くなりそうで、私は視線を表彰状の高さに固定した。白嶺様が、記念品を渡す。会社では加藤さんと呼ぶ人の、主任の目だ。家の温かい沈黙とは違う。それでも、一瞬だけ、口元が緩んだ気がした。その緩みが、込み上げてきたものを、やっと名前に近い場所へ押し出してくれた。
『必要なことを、しただけです』
声が、いつもより少しだけ震えていた。自分でわかった。
「それが、今回のMVPです。おめでとうございます」
白嶺様の声は、司会のままだ。私は深く頭を下げ、席に戻る。拍手が、まだ残っている。美咲さんが遠くから手を合わせ、陽太さんが真顔で拍手している。玲奈さんが「気に入った」とわかる口形をした。顔が熱い。戸惑いのあとに残った、他人に認められた喜びが、肌の下でまだ鳴っている。
他の賞の発表が続き、知らない名前がまたいくつか呼ばれる。私は表彰状の端を、指で押さえ続けた。自分の分だ。白嶺様に渡さない、と先に決めたものと同じ種類の、自分の分だ。
閉会のあと、打ち上げの正式な案内が重ねて出た。日時、場所、会費。社全体。白嶺様がマイクで「詳細は各部署の連絡係から」とだけ言って、進行を終える。田村係長が私の肩を叩いた。
「ムンムン、立派だった。打ち上げはMVP枠で来いよ」
『……わかりました』
スマホが震える。美咲さんから「ムンムンさんの頑張りの結果ですね」。陽太さんから「本当におめでとうございます」。白嶺様からは、何も来ない。家で言う人だ。私は通知を見たまま、表彰状をカバンに入れた。
家に帰り、鍵を確認し、彩華様を抱く。白嶺様が短く言った。
「よく、受け取ったな」
『……はい。渡さず、に、持っています』
「それでいい」
社全体の前で、月村無月の名前が届いた。
ムンムン、という声も、拍手の中に混ざっていた。どちらも、今の自分だ。
次は、打ち上げという、また別の群れる夜が待っている。
今夜は、込み上げてきた熱が、まだ胸の浅いところで鳴っているのを、否定せずに眠ることにした。




