第19話「本番」
つながり月間の本番を前に、総務の人たちと連絡先を交換した。
あのあと——美咲さんと陽太さんの番号を入れた翌日以降、田村係長が「ムンムンも社用で繋がっとこう」と言い、隣の席の人や窓口の担当者。それに玲奈さんとも、次々に登録した。画面の一覧が、急に長くなった。白嶺様、美咲さん、玲奈さん、陽太さん、係長、総務の人たち。空だった棚が、同じ部署の名前で埋まっていく。
『登録、しました』
「本番中は、これに連絡入れるから。音は落としてていい。バイブで」
『はい』
その準備のまま、本番の日が来た。
つながり月間の本番は、思ったより遥かに大きかった。
社全体のイベントだと聞いていたが、廊下だけでは足りず、エントランスと会議室の前までブースが連なる。各部署の紹介、備品の回収口、任意の交流タイム。人の流れが、朝から途切れない。私は裏方に回った。資材の補充、導線の確認、なくなったペンとテープと椅子の補給。数字と配置を、表のとおりに動かす。
スマホが、何度も震えた。音は落としてある。田村係長から「ムンムン、Cブース椅子」、美咲さんから「資材、追加お願いできますか」、陽太さんから「手が空いたら運ぶの手伝います」。登録したばかりの名前が、現場の指示になって並ぶ。
『了解です。二脚、運びます』
陽太さんが途中で現れ、椅子の反対側を持った。美咲さんがブースの前で手を振り、玲奈さんが「ムンムン、裏方全開ね」と短く言った。白嶺様は営業企画の区画にいて、遠目に一度だけこちらを見ると、すぐに主任の顔に戻った。私は群れる時間には、ほとんど入らない。入口に足だけ置いて、すぐ数字に戻る。
午後は、さらに忙しかった。回収箱が溢れ、案内の貼り紙が剥がれ、誰かが道を塞ぐ。私は剥がれた紙を直し、箱を入れ替え、通路幅を確保する。特別な判断ではない。表に書いた通りを、現場で繰り返すだけだ。なのに、終わりが見えない。社全体、というのは、蜂の二匹とも、部内の備品とも、スケールが違った。
夕方近く、人の流れがようやく緩んだ。
田村係長が、壁に背中を預けて息を吐いた。
「……ムンムン。今日は、よく動いたな」
『必要なことを、しただけです』
「それが、今日いちばん大変なやつだよ」
係長の顔が、いつものボケを入れる余裕のない顔だった。私は自分の手を見た。ほこりと、テープの粘着が残っている。身体は、剣を振ったあととは違う疲れ方をしている。
退勤前、白嶺様と短くすれ違った。
『加藤さん。つながり月間の本番、終わりました』
「顔が、疲れている。よくやった。帰れ」
『はい』
家では、彩華様を抱く前に、一度だけ椅子に座った。白嶺様が茶を出して、何も聞かなかった。聞かなくても、今日の大きさは伝わるらしい。私は鍵を確認しながら、スマホの連絡先一覧を見た。本番中に何度も震えた名前が、そこにある。
つながり月間を、必死に乗り越えた。
称賛も、結果の発表も、まだ先にある。
今夜は、席に座り続けた一日を、それだけで胸にしまった。




