表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/41

第2話「月村」

朝、白嶺様が書類のようなものをテーブルに置いた。

「働け。ここは安全になった。昼の食い扶持は、自分で稼げ」

私は湯飲みを持ったまま、固まった。

『……は?』

「うちの会社に欠員が出る。紹介する。断りは認めない」

白嶺様は、いつもより少しだけ起き上がった姿勢で続ける。家ではソファに沈んでいる人なのに、こういうときは早い。

「名字だ。今日から月村でいい」

『……月村』

「無月の月を取った。シンプルだろ」

紙を見る。月村無月——と、すでに印字されている。

『月が、二つあります』

「気がついたか。気に入らないなら自分で考えろ。ただし、今日の手続きには間に合わせろ」

私は名字の文字を、もう一度目で追った。白嶺様はお茶を一口飲んでから、低い声で言った。

「契約は、ここで終わりだ。取引も、役割も、今日まで。これからは対等だ。お前の人生を、自分で歩け」

『……対等』

その言葉の意味を、私はまだ測りきれない。それでも、頷いた。白嶺様が「働け」「稼げ」と言うなら、やる。彩華様が「あー」と声を上げる。私は習慣で、その頭を撫でた。

『わかりました。月村、で。人生も、自分で』

「よし。服は普通のでいい。刀は置いていけ」

刀、という言葉だけが、胸の奥に小さく残る。詳しくは考えない。カイシャという場所に、刀は持っていかないらしい。それだけは理解した。


初出勤の朝、私はスーツに袖を通した。

白嶺様の古い服を借りたものだ。肩が少し余る。白嶺様は背が高い。私はその差を、鏡の前で確認してから家を出た。白嶺様とは別々に向かう。同じカイシャでも、入り方が違うらしい。

受付で名前を言った。

『月村無月、です』

「はい、月村さん。総務部ですね。ご案内します」

総務部——。初めて聞く単語だった。紙に書いてある。私はそれを覚えようとして、案内されるままフロアへ移動した。人が多い。机が多い。画面が光っている。カイシャとは、こういう場所らしい。

廊下で、一人の女の人と目が合った。

佐藤美咲だ。白嶺様の会社の人で、以前、家に来たことがある。私の事情の一部を、彼女は知っている。会釈はしなかった。彼女もしなかった。ただ、目だけで、短いやり取りをした気がした。

——加藤さんを、よろしく。

——そちらも、頼む。

目を逸らして、私は案内された席に座った。

画面を開く。何をすればいいかは、まだわからない。隣の席の人が笑っている。遠い席で誰かが電話をしている。私は背筋を伸ばして、キーボードの上に手を置いた。

働け、と言われた。

食い扶持は自分で稼げ、と言われた。

カイシャに来て、席に座った。

それだけは、確かだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ