第1話「カイシャ」
『会社に行く影「無月」』を手に取ってくださり、ありがとうございます。
この話は、本編『色を斬る母「白嶺」』のあと——というより、その脇で静かに始まっている物語です。
本編で色を斬り、欠けたまま歩き続けた白嶺の傍に、ずっと「盾」として立っていた無月。彼女が、ある日いきなり「カイシャ」という場所に放り込まれる話です。異形も、戦いも、重い宿命も出てきません。あるのは、社会をほとんど知らない人間が、スーツを着て席に座り、上司のボケを真顔で受け止めてスベらせ、月村という名字に戸惑い、それでも帰宅して鍵を確認する、というごく小さな奮闘です。
ぜひ、余裕があれば本編『色を斬る母「白嶺」』を先に読んでから、こちらを読んでいただけると嬉しいです。無月が誰を守り、どんな言葉を受け取って「普通に生きろ」と言われたのかがわかると、彼女の硬さも、白嶺の見守り方も、より楽しめるはずです。
もっとも、知らなくても困らないようには書いています。「カイシャって何ですか」から始まる女の子の話として、そのまま読んでもらっても大丈夫です。
影が、昼の光の中でどう歩くか。
ゆるく、温かく、見守っていただけたら幸いです。
私は、分家の人間として育った。
大きな家の、端の方の血だ。表に出る役目ではなく、支える側に回るために育てられた。自分の希望で道を選ぶ、という感覚は、ほとんど持っていない。守るべきものが、初めから決まっていた。
それが、白嶺様だ。
加藤白嶺。白い髪の人。私は彼女を、命をかけて守ると決めている。理由を、うまく説明できない。ただ、彼女の傍にいることが、今の私の居場所になっている。同じ家に住み、娘の彩華様の世話を手伝い、夜は鍵を確認する。それ以外の「自分の人生の歩み方」を、私は知らない。
ある朝、白嶺様が言った。
働け。昼は自分の食い扶持を稼げ。契約は終わりだ。これからは対等だ、と。
私は戸惑った。
働く——。そのあと、白嶺様は「カイシャ」という言葉を使った。組織の名前らしい。そこに属して、昼のあいだ何かをするのだという。私は「カイシャ」が何なのか、正直、よくわかっていない。建物があるらしい。人がたくさんいるらしい。白嶺様も、そこに通っているらしい。
それでも、断る理由が見つからなかった。白嶺様がそう言うなら、やる。名字も、これからつけてもらうことになった。
これから、私はカイシャに行く。
何をする場所か、どんな席があるのか、まだ知らない。わかっているのは、白嶺様が「普通に生きろ」と言ったことだけだ。
自分の人生の歩み方を、私は知らない。
カイシャも、知らない。
それでも、行くつもりだ。
——これが、ごく最近始まった話である。




