第12話「つながり月間」
飲み会の翌日、総務の空気は普段通りだった。
避けているのは、一人だけだ。白嶺様に言い寄って、私の視線で席に戻った営業の男性社員が、廊下で会うたびに急にスマホを見る。それ以外の人は、ムンムン呼びのまま普通に書類を回してくる。私は『はい』と『わかりました』を使い分けながら、キーボードに向かった。
午前、陽太さんが総務の入り口まで来た。
「ムンムンさん、昨日はお疲れ様でした。楽しかったですか」
『……楽しかった、かどうかは、わかりません。水を飲みました』
「あ、そうですか。無理してなかったかな、って。黙ってる時間が長いと、心配というか」
『必要な発言は、しました』
陽太さんは安心したような、まだ心配なような顔をして、「また何かあったら」と残して去った。楽しさの基準が、人と違うらしい。私は自分の基準を、まだ持っていない。
午後、田村係長が全体に説明した。
「来月から全社で『つながり月間』やるらしい。部署またぎの交流と、備品・スペースの見直しをセットにした新企画。総務は会場と備品、導線。営業企画は中身の企画。合同で準備する」
つながり月間。
群れることを、会社が公式にやるらしい。内容はざっくりこうだ。
• 各部署の紹介ブースを廊下に出す
• 使っていない備品の回収と再配置
• 昼休みの短い交流タイム(強制ではない)
• 最後に社全体での成果発表
私はメモを取った。縁の下の仕事が、急に表に出る匂いがする。
「ムンムンは備品の棚卸しと、ブース用の資材管理お願い。数字得意だろ」
『はい。正確に、数えます』
「ジョークで『心も棚卸し』とか言おうとしたけど、やめた」
『正しい判断です』
田村係長はまたスベらないまま去った。私は表計算を開き、棚の番号を打ち込んだ。つながり月間——名前は柔らかい。やること自体は、数と配置だ。それなら、できる。
退勤前、白嶺様と廊下で会った。
『加藤さん。つながり月間、という企画が始まります』
「知ってる。企画側も動く。お前は無理に交流しなくていい。数字を合わせろ」
『はい』
「あと、昨日の視線。あれは出すな。何回でも言う」
『……わかりました』
白嶺様は短く頷き、先に歩く。主任の背中だ。私は総務の席に戻り、つながり月間のフォルダを作った。群れるための準備を、群れるのが苦手な私が数字で支える。カイシャというのは、そういう場所らしい。
家では、彩華様を抱いて短く言った。
『今度は、つながり、を数えます』
白嶺様は「そうか」とだけ言って、茶を飲んだ。見守る目だった。私は鍵を確認しながら、陽太さんの「楽しかったですか」を思い出した。答えは、まだ保留のまま、明日の表に戻るつもりだった。




