第2話 よくあるパターン
森を彷徨い続ける俺ことシオンは少し開けた場所に出る。
それは道と言う程整備はされていないが、草や土が踏み固められて轍の跡が残っていた。
おそらく街道からは外れているが、森を突っ切ると町か村への近道なのだろう。
ならばこれに沿って進めば森は抜けられそうだし、もしかしたら旅人か行商人なんかと出会えるかもしれない。
そう思って歩き出せば、程なくして進行方向から争う様な音が聞こえてくる。
咄嗟に森の中に隠れ、息を殺しながら近付き、木々の合間から様子を窺えば野盗が荷馬車を襲撃する序盤のテンプレイベントだった。
賊の数は10人程。対して馬車の主なのか護衛かはわからないが抵抗している男が2人。
既に両陣営共に被害者が出ているようで死体が転がっている。頭を潰された者、バッサリと斬られて切り口から臓物が垂れ落ちている者……。血の匂いは辺りに充満し、こちらまで漂ってくる。
現実ではお目にすることのなかったスプラッタな光景に思わず酸っぱい物が込み上げてくるが、なんとか我慢して飲み下した。
これがこの世界の日常なのか……。
そんな風に思うと軽く絶望するが、前の世界だって年々治安が悪くなり、10年前、20年前では信じられない様な事件が続発するようになっていた。
明日は我が身、自分の身は自分で守るしかないと言うのは世界が違っても変わらない。
ましてや今の俺には力がある。
10人の野盗相手にどこまでやれるかは未知数だが、上手く助けられれば謝礼や情報なんかも期待できるし、あの人たちが逃げるだけの隙を作れれば上出来だろう。
となればその方法だけど、やはり空神の加護に賭けるしかないか。
ハルシオーネ神の言葉を信じるなら多少の攻撃魔法は扱える様になっているはずだが、そもそもこの世界の魔法ってどうやって使うのかもわからない。
詠唱が必要なのか、魔法陣を描かないといけないのか、それとも魔法名を叫べば発動するのか……。
うーん……と頭を悩ませてみるが埒が明かない。結局実戦あるのみの出たとこ勝負か。
俺は腹を括って野盗に向かって右の掌をかざす。
「風よ、悪意ある者を切り裂け。ウィンドカッター!なんてな。」
ノリと冗談半分でそんなことを言ってみれば、右手の甲に紋章が浮かび上がって輝き、森がざわつき始めると掌の先に物凄い力が集約されてくるのを感じる。
「マ、マジか!?」
左手で右手首を支え、力の奔流に弾き飛ばされそうになるのを何とか堪える。
「なんだ?急に森が……。」
流石の異変に野盗達も気づき始めるが
「ぐぬぬぬぬっ!限界だああああああっ!!」
堪らずそう叫ぶと同時に俺の手から放たれた魔力は風の刃に姿を変え、木々を薙ぎ倒し、野盗達を切り裂いていく。
「ぐえっ!」
「がはっ!」
「ぎゃああああああああ!!」
首が飛ぶ者、胴体が真っ二つになる者、腕や脚が切り落とされる者。半数以上の野盗が戦闘不能になり、阿鼻叫喚の地獄絵図になった。
「な、何が……。」
その場にいる者は皆、突然の事に思考が追い付かず、ただ目の前の惨状に呆然と立ち尽くすばかり。
そして我に返った野盗の一人が森の中に視線を向ければ、薙ぎ倒された木々の先に俺の姿を捉えた。
「てめぇ、魔導士か?」
その言葉に全員が俺を見てくる。
「余計な真似しやがって……ぶっ殺してやる!」
鬼の形相で睨みつけながら剣を俺に向けてくるにじり寄って来た。
ここまで明確な殺意を向けられたのは初めてで、その気迫に圧されそうになるが迂闊な行動だ。
護衛の2人は無事で、生き残った野盗達の意識は俺に向いてしまい、その一瞬の隙をついて護衛達が反撃出る。
「隙あり!」
「うおおおおおお!」
たちまちに3人を斬り伏せると残るは俺に剣を向ける1人だけになり、流石に形勢不利を悟ったのか俺に向かって駆け出してきた。
「退け!」
こちらを跳ね飛ばす勢いで突進してくれば、俺は軽く息を吐いて呼吸を整えて構えると
「ふんっ!」
突き出した右の掌底が野盗の顎にクリーンヒット。
「あが……っ」
突進の勢いも相まって見事なカウンターが決まり、野盗は糸の切れた操り人形の様に膝からぐったりと崩れ落ちた。
その姿を見下ろしながら考える。
学生時代は運動神経に自信がありスポーツに打ち込んでいた時期もあったが、格闘技なんて体育の柔道くらいしか経験が無い。それも20年近く前の話だ。
咄嗟に体が動いたのは身体強化のおかげだろうか?
魔法にしても知らなければいけないことは多そうだし中々良い経験ができたかもしれない。
そんな事を考え1人満足していれば、護衛の1人と恰幅の良い中年男性が近づいて来て話しかけてくる。
「あぁ、ありがとうございます!貴方様のような方が現れるとはこれも神のお導きでしょうか。」
戦闘中、馬車の中に隠れていたのだろう。身なりは良さそうだしこの人が護衛の雇い主だろうか。
俺は会釈をしてから
「ご無事な様で何よりでした。貴方がこの馬車の所有者ですか?」
「はい。私はこの森を抜けた先にあるファーラウの町で店を構えております商人のラゴスと申します。貴方様は旅の御方でしょうか?失礼ながら、見たところ冒険者や魔導士様には見えませんが……。」
ラゴスと名乗った男性の品定めでもするような視線を受けながら答える。
「えーっと、そんなところです。田舎で魔法を習って、師匠からお許しが出たので冒険者になろうと町を目指していました。ただ、今まで田舎の村から出たことがなく、道に迷い森を彷徨っていたところで……。」
と言う設定にしておく。
「おぉ、そうでしたか。でしたら是非ご一緒にファーラウへお越しください。冒険者ギルドもありますし、何より私もお礼がしたい。」
「おー、それはこっちとしても願ったり叶ったりです。是非同行させてください。」
俺はラゴスと握手を交わすと、俺達が話している間にノビた野盗を縛り上げていた護衛が立ち上がる。
「俺は冒険者のロラン。あっちで死体の処理をしているのが同じく冒険者で昔馴染みのフェデリク。あんたには助けられたよ、ありがとな。」
そう話しかけられ軽く会釈をしてからフェデリクと呼ばれた冒険者の方に視線を移せば、僅かに息のある野盗にも止めを刺して首を切り落とし、革の袋に無造作に詰め込んでいた。
「あれは……?」
「あぁ。死んだ奴や歩けない奴をわざわざ町まで運ぶのは手間だからな。あぁやって首だけ衛兵に渡すんだ。生きてるのはこいつ1人で十分さ。」
そう言って縄に縛られ転がっている野盗を足蹴にする。
「あっちは冒険者のお仲間ですよね?」
「まぁな。たまたま今回の護衛で一緒になったやつだけど、数日同じメシを食った仲だからな。せめて遺体はギルドに届けてやらないと。」
随分とドライな言い方だとは思うが、常に命懸けの仕事となれば一々感傷に浸ってられなくなるのかもしれない。
俺もこれから冒険者として生きていけばそうなるのかもしれない。
そんな事を考えながら荷物をまとめた馬車に相乗りさせてもらい、森を抜けていくのだった。
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森を抜けて数時間。ようやく城壁に囲われた大きな町、ファーラウに到着すると、早速ロランとフェデリクが野盗の引き渡しとギルドに事情を説明しに行くと言う。
ただの平民の俺が出ると話がややこしくなりそうなのでここは彼等に任せ、処理が終わったらラゴスの店に行くと言う事で一旦別れることになった。
俺にとってはこの世界で初めての町への入場となったが、その際もこの世界?この国?の常識を教えられることになる。
冒険者ギルドや商人ギルドなどで登録した際に発行される身分証があれば大抵の町はフリーパスだが、無い者は入場税を払わなければならない。町によって値段は様々のようでここファーラウは1万Gだった。
犯罪者などの流入防止にはなるかもしれないが塵も積もれば何とやらだ。無駄な消費を抑えるためにも早々に冒険者ギルドに登録することを決めるのだった。
そして町中を馬車に揺られること10数分、大きな通りの一角に居を構えるラゴスの店舗兼自宅が見えてきた。馬車が店の前に着くと、ドアが勢いよく開け放たれて女の子が飛び出してくる。
「パパ、お帰りなさい!」
「ただいまエリス。いい子にしてたかい?」
御者の席から降りたラゴスはしゃがんで愛おしそうに抱きしめた。そしてその後から物腰の柔らかそうな女性が数人の従業員を連れて出てくる。
「お帰りなさい、あなた。」
「お帰りなさいませ、旦那様。積み荷は倉庫へ運んでよろしいですか?」
そんなやり取りを聞き、俺は荷台から降りるとエリスと呼ばれたラゴスの娘と目が合う。
「あのお兄ちゃんだぁれ?」
キョトンとした顔でラゴスに尋ねるエリス。
立ち上がったラゴスはエリスの頭を撫でながら優しく答えた。
「このお兄さんはパパの命の恩人なんだ。客間にお通しするからお茶の用意を頼むよ。」
夫人にそう言うと、荷下ろしや馬車の片づけを従業員に指示してからラゴスは俺を店内に招き入れ、客間へと案内するのだった。
テーブルを挟んでラゴス一家の対面のソファーに腰を下ろした俺。
お茶を頂きながら今回の経緯を話すと
「まぁそんなことが……。だから遠回りでも安全な街道を行くようにとあれ程言ったのに……。」
「すまない……。少しでも早くお前達の顔を見たかったものだからつい……。」
夫人に窘められ、縮こまって頭を掻くラゴス。
聞けば商品の買い付けに一カ月近く町を離れていたらしい。
まぁ美人な奥さんと可愛い子供に早く会いたい気持ちもわかるが、あれが永遠の別れになってたかもしれないと思うと首筋が寒くなる。
「シオン様、この度は夫を救ってくださり本当にありがとうございます。」
「い、いえ。どうかお気になさらずに。」
夫人に深々と頭を下げられれば逆に恐縮してしまう。そんな俺にラゴスは問いかけてくる。
「ところでシオンさんは冒険者になられるのですよね。ギルドに登録したらすぐに他の町へ行かれるのですか?」
「それなんですが、暫くはこの町にいようかと思っています。なにせ田舎者なもので世情に疎くて……。調べ物をしながら地道に仕事をしようかと。」
「でしたらその間は我が家に滞在してください。今回のお礼代わりにもなりますし、大通りに面しているので冒険者ギルドや図書館へも通い易いですよ。」
「この町には図書館があるんですか?」
「えぇ。王都や学術都市の物と比べれば小さいですが、その分使用料も安いですよ。」
ふむ、これは渡りに船かもしれない。
宿代の節約にもなるし、商人のラゴスは色々と世情に詳しいだろう。
やはり人助けはするものだと自分の行いに感心しながら俺はその提案を受ける事にした。
「ご迷惑でなければ暫く御厄介になります。」
「迷惑だなんてそんな!このくらいの事しかできず逆に申し訳ありません。」
そんなやり取りをしていると部屋のドアがノックされ外から声が掛かる。
「旦那様。冒険者のロラン様がお見えですがこちらへお通ししてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、お通ししてくれ。」
従業員にそう答えてから数分、客間にロランとフェデリクがやって来た。
「よぉ、旦那方。さっきぶり。」
フランクに挨拶をするロランにラゴスが話しかける。
「お疲れさまでした。何か問題はありませんでしたか?」
「いや、心配ない。万事上手く済ませてきたよ。おい、フェデリク。」
そう言ってロランがフェデリクに話を振ると、フェデリクは頷いてから空間を操作し、その中から1つの革袋を取り出して俺の前に置いた。
俺はその光景に目を丸くして
「フェデリクさんはアイテムボックス使いなんですか?」
「あぁ、容量はそれほど大きくないがな。」
「こいつのはちょっとした小物や数日分の食糧を詰めたらパンパンになっちまうからなぁ。」
「それでも商人の私からすれば羨ましいスキルですけどねぇ。」
言葉少なく答えるフェデリクの補足をするようにロランとラゴスが続く。
アイテムボックスには容量があるのか。それに珍しくはあるが持っている人は持っている程度に認知されていると。
これは今後の立ち回り方に有用だな。
「そんなことより、それ。あんたの取り分だぜ。」
ロランにそう言われて革袋の口を開けてみればお金が詰まっていた。
「賊討伐の報酬だ。総額で100万Gだったからアンタが50万。俺達で20万づつで10万をギルドへの見舞金にしようと思うんだが構わないかい?」
「俺が50万も貰って良いんですか?」
「あんたがほとんど賊を片付けたんだし、あんたが来てくれなきゃ俺たち全員お陀仏だったんだ。」
「気にせず受け取ってくれ。」
ロランとフェデリクにそう言われて俺は遠慮なく受け取ることにした。
「さぁて、これで全部片付いたし、臨時報酬も入ったんだ。パーッと飲みに行こうぜ!あんたも一緒に来いよ。」
「ちょっとちょっと!今夜は我が家でシオンさんをおもてなしするんですから別の日にしてくださいよ。」
「ふふふ、私も久々に腕を振るいますからお二人もお誘いしてはどうですか?勿論、お酒はご自分で用意してくださいね?」
「そりゃないぜ、奥さぁん。」
「上手い食事と酒が飲めるなら何でもいい。」
そんなやり取りを眺めていればエリスがトコトコと寄って来て
「パパが帰ってきたから御馳走なのかな?ママのご飯美味しいんだよ!」
目を輝かせながら嬉しそうに話しかけてくるエリスの頭に俺は手を置いて優しく撫でる。
まだまだ不安ややることは山積みだが、今はこの笑顔を守れたことを素直に喜ぶとしよう。




