30 慊エン (けんえん)
30 慊エン (けんえん)
ケスバ村で大発生したアルマジラットの群れを駆除してから2か月が経っていた。
ボク、3才になりました。
あれ以降、リックさん達ケバス村の自警団も一段警戒を強め頻繁に見回りをしているみたいだけど、ゼバスの森にアルマジラットをはじめとする大規模な魔物の巣や痕跡などは発見されることもなかった。
ランスお父さんもリックさん達に協力してゼバスの森に行ったりしているらしい。よく話をしてくれる。
数匹のアルマジラットは発見されたものの、一匹ずつであれば、ケスバ村の自警団の人たちでも数人でなら駆除することは可能みたいで、無事、麦の収穫も終えることができたらしい。
そうして収穫祭を迎え、うちの家族も御呼ばれして行くことになったんだけど、そこで村の子どもたちにカンガーゴイルのルーを出してほしいとせがまれた。
特にアルマジラット駆除の後の宴会の時、ボクのお嫁さん候補に名乗りを上げた、ボクより2・3つ上の女の子たち、名前をエイミーとカリンカというのだけど、この二人のおねだりにボクはタジタジになっていた。
「あたちのおねがい、きいてくれるわよね」
「ずるい! わたしのおねがいだからだよね」
ボクの両手を引っ張って迫ってくる二人に、途中から他の子供達が雰囲気に押されてか、少し距離を取って見守り始めたのが面白い。
いやあ、まあ、最初は前世だって年の離れた双子妹のわがままに振り回された経験はあるから、多少は慣れていると高をくくっていたんだけど、改めてと言うか、久々と言うか、晒されてみると、小さい女の子なのにそのエネルギーというか、迫力と言うかに圧倒されてしまうね。ははっ。
こっちが赤ちゃんだっていうのはお構いなしだもんな。
なんて、他人事のように何処か第三者視点で呑気に言っているけど、今回はそう簡単にルーを呼ぶわけにはいかない。
アルマジラットの件以後、ケバス村に来る前、カンガーゴイルのルーのことはこれからは出来ればあまり他の人の前で出さないように言い含められていた。
「わるい人にセイルくんがさらわれちゃうかもしれないからね、分かった?」
「あい! ボク分かったよ」
「良い子ねセイルくん」
緊急事態だったとはいえ、赤ちゃんがガーゴイルに乗って魔物であるアルマジラットの群れと渡り合ったのはマズかったようだ。
そりゃあ、そうだよね。
前世、双子妹たちがボクの病室に持って来てくれたラノベ小説の「赤ちゃん無双」モノみたいに強力なモンスターの群れを一掃したり、悪党の集団を蹴散らしたりしていきなり注目を浴びて、そこの領主に注目されたり、王様に謁見することりなったりなんて流れがよくあった。
特に転生する際に読んだ『転生のしおり』に書いてあった訳でもなく、薄紫髪ツインテール女神のパスティエルに言われている訳でもないけれど、あまり小さい時から悪目立ちしても碌な事にはならないだろう。
『転生のしおり』に関してはかなり適当にパラパラ捲って流し読みしただけだったけどね。
まあ、今回の件は畑の害獣駆除なんだし、あそこまで大事ではない、と思うけど。
噂を聞き付けた貴族だの商人だのが、強引な勧誘や誘拐なんかを起こされても迷惑だし、内緒にしておいた方が良いのは間違いないだろうな。
幸い、ここの村の人達はエストグィーナスお姉ちゃんを見た事はないものの、この地に棲む精霊のことは知っているようで、土地の恵みをもたらしてくれていると信じているのと、エルフのサーベニアさんの弟子で魔術に長け、熱心に研究しているクリアお母さんが精霊にお願いしたものと理解してくれたらしく、ルーの事はクリアお母さんが呼び出したものとして、それ以降はうまく大人達が子供たちに言い含めてくれたようだ。
クリアお母さんはBランクの冒険者だから、それなりに説得力があるのも幸いした。
その分クリアお母さんが大人気となり、子供たちに取り囲まれて、ルーの代わりに簡単な魔術を見せることになっていたけどね。
(がーんばれっ! クリアおかあさん!)
ボクはソッと心の中でクリアお母さんにエールを送った。
あれで子供達の気が逸れてくれて、うまく誤魔化されてくれればいいけど……そう子どもは甘くないよな。
何か考えておくべきかも知れないけど、今のところ良いアイディアが浮かばないや。
◇
いつものように、ネットスーパーの能力の一日一回の来店ポイントからの《ゲームにチャレンジ!》という、一日1回挑戦できる連続ダブルアップのイベントを熟す。
ちなみに、今回のゲームは勝ちか負けかのシンプルなルーレットだった。
右下のチビキャラパスティエルがバニーガールのコスプレで玉をルーレットに投げ込むアニメーションを繰り返している。
で、現在はこんな感じ。
* * *
『現在の獲得ポイント』
1894 ポイント
《OK》
* * *
まあ、一先ず良いペースかな。
最初の目算からすればかなり短縮できているわけだしね。
本来なら、一日一回の来店ポイントだけで稼いでいったとすると、13年と10ヵ月と20日は掛かることになる訳だから、2年ちょっとで3分の1を当初の計算より超えているわけだし、これで満足しておくべきだろう。
途中から運気も上がってダブルアップの勝率も高める事も出来ているから、今後は今以上にポイントを稼ぐことのできるペースが上がるだろうし、もしかしたら他にも手段が見つかるかもしれないしね。
このネットスーパーをはじめに見た時はあまりの使えなさそうな能力に絶望しそうになったけど、今は見通しも立ってきたことで前向きに考えられるようになってきたと思う。
取りあえずは順調に進んでいるのだから、良いペースだと満足しておこう。
◇
ボクがいつものように家の地下倉庫のセキュリティーの魔法陣を解いて、遺跡の転送の魔法陣の部屋のセキュリティーも正しく解除して、重厚な扉が自動で開いていくと、
ドゴンッ! ドゴンッ! バゴンッ!
という堅い物同士がぶつかり合うような大きな音が聞こえて来た。
「なっ、何が起こった!?」
もしかして無意識に数学パズルの魔方陣の「正しくない正解」に合わせてしまってセキュリティーを発動させてしまい石柱だの石壁だの罠が発動してしまったのか!?
去年のあの肝を冷やした光景が脳裏に浮かぶ。
しかし、仮にボクが「正しくない正解」で扉を開いたとしても罠が作動するには早すぎるし、エストグィーナスお姉ちゃんたちの誰かが見ているだろうからボクたち家族が誤って「正しくない正解」で扉を開いてしまい罠のスイッチを入れてしまったなら、作動させる前に停止させるはずだ。
遂、悪戯心でという線は考えられるけど。
でも、確かに「正しい正解」に合わせた筈。
その証拠に開いた扉から伸びている通路を照らしている灯りは薄暗くなく、ちゃんと明るい。
これがちゃんと「正しい正解」によってセキュリティーを解除した証だ。
まさか、侵入者!
ちょっと考えにくい事だけど、ボクの背中に冷や汗が走る。
「エストグィーナスお姉ちゃん!」
ボクは焦せりながら、小さい身体で急いで石造りの廊下を駆け抜けた。
バコンッ! ドゴンッ! ゴゴンッ!
急げ!
音のする大広間に近づくうちにだんだんぶつかり合う音は大きくなり、それによる振動も伝わり始めてくる。
ドガンッ! ゴゴンッ! ドゴンッ!
急げ急げ急げ!
3才になったし、それなりに基礎能力も高いみたいだから、かなり早く走れていると思う。
長い廊下を走り抜け、幾つかの角を曲がっていくうちに、硬質な物同士がぶつかり合う音がどんどん大きくなっていく。
それと同時に地面から身体に伝わってくる振動が大きくなってきた。
自分の体重が軽いためか、振動が起きるたびに自分の身体も飛び跳ねているような感覚がする。
やがて、少し明るくなっている所が見えてきた。
大広間に続く入口だ。
ボクは一段とスピードを上げて広間へと駆け込んでいく。
そこに広がっていた光景は……。
バゴンッ! グゴンッ! ズゴンッ!
カンガルーとドラゴンのスパーリング風景だった。




