↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/499

8 初めてのアジ文字 (1)

━━いや、どうなるかと思ったが取越し苦労か。


乙彦が感じた不安らしきものは、どうやら気のせいらしかった。

なにせ帰還後の下ネタ女王様は一瞬たりとも時間を無駄にしなかったのだから。

「ほら、藤沖、急がないと宿泊研修の準備間に合わないよ。悪いけどしばらくはクラスの準備最優先でお願いするからね。ほら、立って立って、あ、あそこは立たなくていいから」

まずは五月の宿泊研修準備について具体的な指示を出し始めた。

「それと関崎あんたもね、生徒会のみなみなさんに古川こずえ大復活のお知らせをプリーズね。たぶんみんな、ほら羽飛とか美里とか私のおかえりをめちゃくちゃ待ち望んでいたはずだからね。男の持久力大事だけど、耐えるにも限界があるっていうのよねえ」

微妙に下ネタを会話に刷り込む。


 当然、古川の言葉はA組英語科の「弟分」にもそれは向けられるわけで、

「はああ、全くあんたはぼーっとしたまんまでなにやってんの。ほら立村、あんたはね、まず規律委員としてのお仕事をしっかりしなさいよ。噂によるとあんた、南雲から規律委員会で書記を依頼されてるんだって噂聞いたんだけど、それ本当なの。ま、あんたの文字は平安時代だったら恋文に最適だからさいいだけどまさか断ってるなんて言わないわよねえ」

 ━━初めて聞く情報だ。

さらっと重要情報を混ぜ込む。聞き耳だけではない、しっかり立村と組み合って語るべき内容だ。乙彦は立村の席に近づきしっかり耳を済ませた。聞いていることは立村もわかっているわけで、ばつの悪そうな顔はしている。


すでに一学期も二週間以上経ちつつある。各委員会の役職もほぼ埋まっている状態だが、まさか規律委員会がまだポストを開けたままだとは思わなかった。

「古川、規律委員会のポストが埋まらないとは、そんなに人員不足なのか」

「人はいるけど、委員会それぞれよ。どっちかっていうと書記や渉外は入れ替えしやすいからねえ。ハーレムと一緒よ。侍らせやすいってこと」

 どこがハーレムなのか理解できない乙彦にちらと目線を流し、立村は答えた。

「いや、正式な書記は三年の先輩が入っているからなんだけど、南雲が個人的にメモ取るのきついって言い出して、それで、非公式でってだけ」

「なんだその非公式とは」

こずえが説明しようとするのを立村は押し留め、続けた。

「委員会にもよるんだ。規律委員会は委員長と副委員長をまずおいて、それから残りのポストを決めるってやり方をする場合もあるんだよ。このあたりは委員長と顧問の判断でいくらでもできる。ただ、俺の場合はいろいろあったから南雲の希望がなかなか顧問に通らなくくううて、時間がかかったってのはあると思うよ」

 乙彦がいた時は、あっさりと決まった。そもそも書記というのがそれほど重要なポストなのか、という意識自体が薄かった。ただノートを取るだけなら、言い方悪いが誰でもできそうな気がする。いやもっというならば、生徒会のような場所は期間が長丁場だし情報も細かく書き込む必要がある。ノートを生徒会室に保管して、歴史書として扱う必要もある。委員会でそこまでの重要性があるとは乙彦には思えなかった。それぞれが各クラスの委員会ノートにメモすればいいだけのこと。立村に限っていえば書記ではなく副委員長に上がってもよかったのではと正直思う。

「ちょっとちょっと話逸らさないでよ。立村どうなの。書記、受けるの、受けないの」

 唇をかるく噛むようにして立村は小さく頷いた。

「規律委員会の先生たちから許可がでたら、書記、受けるつもりだけど。けどどうかな。噂止まりかもしれないよ。あてにしないでほしい」

 乙彦をちらりと見て、すぐ目をそらした。

 ━━そういえば立村は中学三年の後期、評議委員会の書記だったはず。

 評議委員長からクーデターで引きずり降ろされ、後期の委員長だった天羽の配慮で書記に回されたとは聞いている。元評議三羽烏から聞いた限りだと、「非常に優秀な書記」だという。読みやすいノート、そして過去の評議委員長としての知識、さらに本条先輩から叩き込まれた知識と情報。

 書記という仕事を甘く見たことを乙彦は反省した。そうだ。立村はきちんとそれをこなせる人間だ。中学時代からわかりきっていることをなんということか。


次に古川が声をかけたのはクラス内の女子グループだった。英語科二年A組の女子メンバーが宇津木野留学に伴い人数が減っている。無理にグループを分割しなくてもと思うが実際は大まかに二グループ化している。女子は面倒だ。

「みんなお待たっせ。ところで宿泊研修IN青潟山ツアーなんだけど、みんな部屋割どうしようか考えてる? 前回と同じでよいかなあ、希望調査なのよねえ。せっかくのお泊りだし、こっそり夜這いとかされたら大変だよねえ」

 いつもの下ネタが炸裂しているが、どうものりがわるそうだ。

 そもそも「夜這い」とはなんなのだ。

 時代錯誤もいいとこだ。

 クラス女子たちの反応は、乙彦から見ても緩い。下ネタ部分を流して必要なところだけ聞き取ろうとしているようにも見えた。何人かの声で、

「いいよいいよおんなじでいいって! ありがとね」

あっさり感謝してくれている。古川が現れた時のどことなくはねかえりのない空気は、乙彦が眺めている限り感じられなかった。


最後に古川は麻生先生へ、

「大変お騒がせしましたけど、私は元気元気!このクラスは私と藤沖がいないと回らないに決まってるでしょっが! このささやかなバストを誇りにこれからもがんばるから、そこんとこよろしく!」

胸をぽんと叩き、自信たっぷりに言い放った。麻生先生も朝こそ戸惑いを見せていたがすぐに自分を取り戻してくれた。

「古川、休みの間も相変わらずっちゃあいかわらずだな。こりゃどうした。何はともあれこれから青大附属お約束の補習プリントだ。へたしたらピラミッドだぞ。一人で解けよ。誰とは言わんが手伝わせても訳の感じで一発わかっちまうんだからな。教師をなめんなよ」

「ピラミッドって私の胸の厚さのことかしらんねえ」

 はしゃぎ気味にも見える。

 ━━古川は復活したと考えていいんだろうな。

 ━━立村が古川の退学もしかたなしとか言っていたがお見事、強気で復活できたってことか。幸先いいぞ。暗いこと考えてたらろくなこと怒らないって証明だ。立村もよい実例を得られたことだし、これからは明るい未来に目を向けていけるだろう。

 悲観的な発想に説得されそうになったが、結局現実がどんどん良い方に動いていくのは人の理なり。良かった。素直に喜ぼう。まあ、今日だけは多少の下ネタも鷹揚に受け止めよう。わからない言葉が出てきたら聞き流すとしよう。


「古川、よかった、本当にクラスが救われた」

 乙彦が生徒会に行くため立ち上がると、藤沖が古川に何度も声をかけていた。手を合わせていた。

「しつこい男は痛いだけだよん」

「何度も言っているが、間一髪だった。クラスが壊れる寸前だったんだ。いやほんとうに助かった」

「感謝感激雨あられなのはわかるけどねえ。ま、ほんとそうだね。けどあんたもこのクラスもう少しコミットしないとやばいよ。二年時はクラスメインだよほんっとしつこいようだけどね」

「わかってる。お前さんの言いたいことはわかっている、今年はきちんと教室にいるようにする。ちゃんと評議としての仕事をする。今まで以上にな」

 麻生先生は用もないのに近づいてきて、がっしりと肩に手をおいた。

「頼んだぞ。お前が家のクラスの評議だ。要だぞ」

 ちらと、立村を睨むようにして出ていった。


 藤沖が古川こずえに感謝したい気持ちはわからなくもない。あと五分遅ければ、古川こずえの仕事の半分は疋田に預けられることになっていた。藤沖も正直、疋田がちょこまか動くのを追いかけるのはいらだたしいだろう。疋田が、というよりもその周囲がといったほうが正しいか。

 ━━疋田のバックはなんといってもあの吹奏楽軍団だ。それに、

 麻生先生が睨みつけた時には無言で机の上を整理していた立村だが、気がつけばあっという間に姿を消していた。たぶん週番か吹奏楽連中と音楽室でピアノを弾こうとしているかのどちらかだろう。

 ━━仕事ができるかどうかは別として今までのやり方をちょこちょこいじられるのは避けたいに決まっている。古川も最後の最後までしがみつきたいようなこと話していたし。戻ってきた以上は仕事もきちんとこなすだろう。立村は真面目で思いやりがあるが、どうも女子を心配しすぎているところがある。

 生徒会室でも難波が、古川の事情を「夜逃げ」という言葉で説明していたが、おそらく片がついたんだろう。でなかったらこんなに明るい顔でクラス内を見回っていやしない。


だが、とも思う。

 ━━静内と名倉、頼むから余計なことするな。

 おそらくこの一日で古川が青大附高二年A組英語科に復帰したことは知れ渡っているだろう。古川が生徒会に宣伝して欲しがっていたのもあるし、附属生ネットワークでそれなりに情報も行き渡っているだろう。潔癖すぎるくらい潔癖な静内は冷静でいられないだろうし、名倉も同様だ。噂話はぴーちくぱーちくいろんなところで取り沙汰されているだろうし、それを無理に消そうともしないだろう。次の一手を打たせないようにするにはどうすればいいのだろうか。とりあえずはカラオケに誘って飲み明かすしか乙彦にはなすすべがなさそうだった。


━━語ろう、歌おう。それがあの二人の気持ちを溶かす方法だ。俺の武器だ。

明日にでも外部三人組⋯⋯いつもながらセンスのないトリオ名だ⋯⋯に一声かけてみよう。これから生徒会に向かえば、名倉は確実に捕まる。過激な行動などせずに様子見をしよう、と時間稼ぎをするのもありだ。いつぞやの更科と都筑先生の件のように、問題自体がビジネスの場に持っていかれて自然消滅するのもありだ。

そういう奇跡的な展開が、青大附属では日常だ。当然だ。


生徒会室に足を向けようと廊下に出ると同時に、目の前を黒い週番腕章をつけた二人組が走り抜けていった。規律委員のくせに廊下を走るのはどうかと思うとつっこみするために声をかけようとしたが、遅かった。追えなかった。


男女、二人組。よく見知った相手。

━━立村と疋田か。今日は夕方の週番か。

━━しかしすごいスピードだ。規律委員走ったらまずいと思うんだが。自分で自分の違反カードを切るのは情けないだろう。そんなに走りたかったら、俺と一緒にグラウンド一周くらい付き合ってやる。


今季の規律委員会は、乙彦が活動していた頃のようにかっちりと週番の曜日が決まっているわけではなさそうだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
旧サイトより読ませていただいています。 今回の執筆再開、喜んでいます。 どこか昔の自分と重なるところのある乙彦くん(年齢は親子ほどになりましたが) 彼たちの青春模様を、また楽しく読ませていただきます。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。