7 どんでん返し(3)
──はたして、伝えるべきか否か。
ついさっき起きたことを、生徒会役員たちに報告すべきか。
迷いながら生徒会室へと向かう。
──立村が言うのは間違っていない。むしろそのほうがうまくいくはずだ。だが藤沖が受け入れるわけなどない。どうすべきか。
疋田の提案を受け入れるイコール、藤沖が立村に頭を下げるということ。
──絶対にそれはあり得ない。だが。古川がこれ以上学校に来ないとなると、疋田に同調する連中も増える可能性が大だ。藤沖の反発も無視されるかもしれない。いやそもそも、古川は学校に戻ってくることが、本当にできるのか? その可能性は?
職員玄関前の廊下を通ると、夕方の週番を終えた規律委員の連中が戻ってくるのにぶつかった。立村と南雲がにこやかに話をしている様子だった。ついでに一緒にいるのが轟琴音、おそらくC組の規律委員だろう。
「よお、おひさっし」
挨拶をしてくるので乙彦も手を挙げて答える。今のところ南雲と火花を散らす必要はない。立村も困ったように笑う。
「みつや書店にこれから行くけど、なんか引継ぎすることあるかな」
「全部連絡ノートにまとめてある。昨日分の荷物は全部棚に並べておいた。あとはおやじさんに確認してくれ」
業務連絡をぱっぱとしておく。
「了解っす。まあ大変だよね。放課後優雅に遊んでられないのはほんときついよ。それにしても、A組も大変そうだねえ、りっちゃん」
「いやなんでもないって」
慌てて口留めしている立村だが、南雲は意に介せず、
「どこのクラスも面倒なことが多いみたいだし、大変だけどもりっちゃんがちゃんと規律に戻ってきてくれてそれがなによりだね。轟さんも、まあ規律きつきつなイメージありそうだけども、半年間楽しんできましょよ。りっちゃんもいるし」
ずいぶんしつこく、りっちゃんりっちゃん言い続ける。耳障りなので今日のところはさっさと離れることにした。立村にも引き留められなかった。
──C組の規律委員が轟か。ということは静内と対決して負けたということだな。
女子評議がふたり重なったクラスだと、必然的にどちらかが外れることになる。多数決で決まったのかどうかは確認していないが、静内が選ばれた以上轟は別の委員に回らざるを得ない。たまたま今回は規律委員という話なのだろう。まあ知ったことではない。乙彦も轟にはいまだよい感情を持つことができずにいるが、接点もほとんどないしそれはそれで関係ない。
生徒会室の前で扉のノブに手をかけようとした時だった。
──ねえねえ、絶対関崎くんは可南の生徒会長のこと好きだよねえ。
──だと思うけど、言わないほうがいいよ、阿木ちゃん。
先客は阿木と泉州。よりによってなぜこんなでかい声で人の噂話をしたがるのかわからない。幸い廊下にいるのは乙彦だけだ。さっさと入って気まずくしてやろうかとも思うのだが、内容が内容だ。どうすればいいものか。
──素知らぬ顔で名倉あたりと一緒に入れば問題ないんだが。
中の声は全くトーン下げることなく、噂話を放送し続ける。
──この前の時も関崎くんだけずっと可南の子のことばかりずっと見てたよ。ゆいちゃんの弟とか、新井林とか、佐賀さんとかうろうろしてたのにずっとだよ。あれはねえ、絶対なんかあると思っちゃった。
──同じ中学出身だからよくあることだよ。そもそも今回の話って、関崎くんが会長たちに持ち出したことなんだから、なんらかの思惑がないとは言えないよ。それなりにね。
たしなめながらも勝手に憶測を述べているのは泉州だ。
──こういっちゃなんだけど、なんで可南に行くような子が好みなのかなあ。関崎くんは外部から英語科受かっちゃうくらいだよ。それがねえ。
──成績だけで判断されるもんじゃないよ。好みってあるんだよ。
──でもさあ、可南はないよね。そりゃかわいいなって思ったよあの子。おとなしそうだし礼儀正しいし。けど、可南なんて。
──まだ確認が取れたわけじゃあないんだから、そこまでにしときなよ阿木ちゃん。
噂話をかき集めるのが得意な阿木も、泉州のきつい言葉にしゅんとしたらしい。しばらく沈黙が続いた。泉州も続ける。
──噂聞きつけて、静内さんがショック受けて学校来なくなったらどうすんの。今、英語科A組では古川さんが休みっぱなしで評議委員会も支障出てるみたいだよ。C組の評議は静内さんでしょう。どうすんの、失恋ショックでふたりも女子が評議にいなくなったらさ。私面倒見切れないよ。あ、生徒会だから関係ないか、ってわけにもいかないしね。
──琴音ちゃんが入ればいいことじゃん。琴音ちゃんでC組の評議決まりでいいじゃん。男子は天羽くんだし、往年の名コンビ復活最高!
そこまで口にした阿木だが、また「あっ」と声をあげ、
──でも琴音ちゃん動かないか。規律委員にはA組から立村くんいるもんね。琴音ちゃんは五年間立村くんのこと片思いしているし、今、最高のチャンスを迎えているから、規律委員の座から離れたくなよね。
──阿木ちゃん、ちょっとそれ初耳なんだけど。
乙彦も同じことを思った。外からも問われていることに気づかず、阿木はさらにしゃべり続けた。とめどがない。
──有名な話じゃん。中学入学式で一目ぼれしてそれ以来、わき目もふらず立村くん一筋。けど中学時代はほぼ美里と付き合ってたじゃん? 修学旅行の時、美里に頼み込んで立村くんと二人っきりの時間を作ってもらったらしいよ。告白するために!
──あのさ、阿木ちゃん、ちょっと確認したいんだけど、その後もうちの会長と元評議委員長さんとは付き合ってたんだよね。
誰も聞いていないと呼び方もぐちゃぐちゃだ。元評議委員長さんというのが立村だということを把握するのに少し時間がかかった。ついでに言うなら阿木も、ふだんは清坂を会長と呼んでいるが陰では呼び捨て。怖いものだ。
──そうだよ。あの頃の美里は立村くんにベタぼれだったもん。卒業式で立村くんに美里が振られるまではずっと彼女の座守ってたよ。今でも、立村くんのことあきらめきれないんじゃないかなあ。普通に友だちっぽくふるまってるけど、でも、やっぱり、ね。まさかあの杉本さんに立村くんを取られるとは思ってなかったと思うよ。
──元評議委員長さん、もててたんだね。会長が最初の彼女、杉本さんが本命、一方的に轟さん。三人の女子はべらせて十分ハーレム作れるじゃん。
──けど杉本さんは学校追い出されちゃったし、親も前科ついちゃったし、今は正々堂々、フリーだよ立村くん。で、さっきの話に戻るんだけど。
阿木は声をひそめようとしている。しかし扉からはわんわん聞こえる。
──琴音ちゃんはこの機会になんとしても立村くんを落とそうとしてるんじゃないかなあ。片思い五年目だよ! そりゃあ報われたいよね。一方で片思いしていた杉本さんに振られて立村くんもきっと寂しいよ。美里も、口では友だちだとか弟だとか言ってるけどよりを戻したい気持ちってきっとあると思うんだ。琴音ちゃんからしたらなんとしても、この機会に立村くんとの距離を縮めてラブラブしたい! それ女の子として普通の発想だよ。違う?
──阿木ちゃんごめん。それ女子として普通じゃないと思う。
乙彦も同感だった。
話があっちいったりこっちいったり、話を戻すとか言いながら結局別方向にもっていったり、聞いている分にはいらいらする内容だ。面と向かって言われたならば怒鳴りたい。ふざけるなと文句のひとつくらい言いたい。でもできないのはなぜなのか。
まだ話は続きそうだが、女子の噂話を聞き耳立てたあとで知らんぷりして部屋に入る気にはどうしてもなれなかった。幸い誰もいない。乙彦は足を忍ばせて図書館へと向かった。一応ゴールデンウイーク前に実力試験が行われる予定なのだ。参考書借りる振りも悪くはない。
──生徒会室で喚き散らしている女子たちにくらべたら、確かに水野さんのほうが精神的に格上だ。誰が何と言っても、それは正しい。




