7 どんでん返し(1)
始業式から二週間ほど過ぎた。
「こずえちゃんほんと来ないね」
毎朝飛び交うのはこの言葉。主に英語科二年A組の女子からだった。
「どうしちゃったんだろうねえ」
「お見舞い行っちゃいけないのよね」
「うん、それ絶対変だよ。ただの風邪なんかじゃないよね」
「まさかあつこちゃんみたいなパターン? ピアノとか? 留学とか?」
「それはないんじゃない。あ、でもうちのクラスにいるくらいだから、留学はありかもね。世界中英語使えればなんとかなるし」
みな好き勝手に言っている。麻生先生も古川こずえのその後については、
「うーん風邪だろうなあ。気長に待ってろ」
の一言で済ませている。疑惑が膨らむ一方だ。
──本当にこれでいいのか?
「とりあえずどの委員会も無事に長が決まったようでなによりだ」
藤沖があくびをしながら昼休みつぶやく。
「特にどんでん返しもなく、順当に三年生がトップで決まりだ。もめることもない。しいていえば規律で少しぶつぶつ言う奴がいたらしいがな」
「規律委員会がか?」
ちらと前の方に目を向ける。立村が相変わらず吹奏楽の連中としゃべっている。江波と疋田が主要メンバーで、それに数名入れ替わりかかわる格好だ。
「ああ、B組、南雲のことだ。あいつを規律委員長に推す一部の動きがあったらしいんだが、当の本人が丁重に断ったそうなんで、全くおとがめなし」
「俺が規律委員だった時も南雲を応援する声は大きかったからな」
主に女子中心だが。藤沖も承知の上とばかりに頷いた。
「生徒会のような下剋上はない、それがなによりだ。まあ、クラス替えがこれだけあれば、対応しようもないがな。ああそれとだ」
藤沖はにやりとした。
「静内から頼まれた。今度カラオケ行こうとな」
最近静内とは話をしていない。避けているわけではない。単に生徒会の内部事情が日々わけわからぬ状態に陥っているからだ。
「ああ、歌いたいなあ。まっとうなマイク握りたい」
後ろで片岡がくくっと笑った。
静内が無事C組の評議委員に納まったとは聞いていた。
委員会では問題なくてもクラス内での選考ではいろいろと面倒なことが多かったと噂では聞いている。もっとも乙彦もそこまで詳しい情報は把握していない。時間作って静内から状況を聞きたいところだが、いかんせんそれどころではない。
「評議委員会の一年はどんな感じだ」
藤沖も評議委員である以上それなりに教えてくれるはずだ。
「気になるか」
「いろいろあるからな」
声を潜めると藤沖も周囲を見渡したのち、耳元にささやく。
「新井林は順当に上がってきたが、佐賀が来なかったな」
「らしいな」
理由はおおよそ予想ついているものの、知らぬふりで聞く。
「元生徒会長で実績もあるのに妙な話だ。俺たちの代と一緒で、元生徒会役員や評議委員が同じクラスにまとめられているようで、選択肢が限られている。だが、佐賀が入らなかったことについては、みな首をひねっている」
「自分から立候補しなかったんだろう」
一応乙彦なりに聞いたことを伝えてみる。藤沖は頷いた。
「誰かが推薦してくれるとでも考えたのか、だが、残念ながらだれひとりしなかった。あえてさせないように頼んでいたのかもしれないが、結果別の女子が挙がってきた。お前知ってるか。風見百合子」
「いや、知らない」
乙彦の記憶にはなかった。
「ならいい。さっき話した通り、女子の元生徒会役員はみな同じクラスにまとめられている。生徒会役員ではないが、佐賀とは非常に親しい。いや、むしろ佐賀を生徒会に引き入れるきっかけとなった女子だ。俺もよく知っている」
「そうか、で、評議の器なのか」
藤沖はしばらく言葉を出さず天井を見上げた。そのあとで、
「生徒会長クラスの、と言ってもいいな。だが、危険でもある」
「何がだ」
「あれだ、その」
聞き取りにくい声で乙彦の耳にささやいた。
「オフレコだが、杉本から佐賀を全力で守ったのが風見だ。陰で活躍したのはいいが最後の最後にばれてしまい杉本にひっぱたかれたらしい。もっともそのあとも全く恐れることなく立ち向かい堂々たる勝利を収めたと聞いている。いろいろ面倒ではあるが、味方にしたら最強だ。覚えとけ」
訳が分からないが、とにかく佐賀の味方であることは確かのようだ。
元生徒会ということになると、どうしても聞きたいことがあるのだが、藤沖はその名を口にしなかった。藤沖がなぜ現一年生たちの情報に詳しいのか、その理由につながるものでもある。
「ついでに言うと、東堂の彼女も同じクラスだ。狙いは明白だな」
初めて聞いた。驚き隠せず藤沖も笑う。
「中学でクラス替えをしなかったツケを高校で払う。部活動化した委員会を解体するのにいい方法だ。これからどうなるかが見ものだぞ、関崎」
二年以降は外部生と附属上がりとの差も小さくなったと判断され、外部生専用の補習授業はなくなる。若干時間の余裕は出てくる。
「先生、いいですか」
帰りのホームルームに入り、みな荷物の片づけに余念がない中、手を挙げた女子がいる。
「どうした疋田」
「もう二週間になるんですけど」
疋田が立ち上がった。小柄ながらもちょこまか動く。
「古川さん、来ないんですけどいいんですか、これで」
「いいもなにも、体調悪いんだ、しゃあないだろう」
またいつものようにいなされっぱなしと思いきや、
「ひとつ提案なんですけどいいですか」
「なんだなんだ、言うなら早くしろ」
「ええと、実はですねえ」
疋田はするする前に出て教卓を軽く叩いた。
「今、うちのクラスって女子の評議が実質いない状況ですよね。だったら、古川さんが戻ってくるまでの間、代理立てません?」
あわわ、と教室の空気が揺らぐ。疋田が続けた。
「おいなに言い出すかと思ったらなんだそれ。古川はじき戻ってくるだろ。まだ委員会活動も始まったばかりだ。あせるんじゃねえ」
「先生のほうこそ、のんびり構えすぎじゃないですか」
即言い返す疋田。愛想よくでもきっぱりと。
「うちの学校の評議委員って、仕事がいっぱいあるでしょ。男子ひとりであたふたしているの見てると、ほんと大変だなあって思うんですよ」
ちらと疋田は、藤沖のほうを見た。ついでに乙彦にも視線がぶつかった。
「藤沖くんも応援団で忙しいみたいだし、またいろんなことが起こらないとも限りませんし、誰か補佐を入れたほうがよくありませんか」
──おい、何言い出すんだ。
乙彦は振り返り藤沖の顔を覗き込んだ。すぐに発言する準備は整っていたようだった。
「いや、今のところ特にひとりでも評議の仕事に支障はない」
どすの聞いた声で藤沖が答えると、即座に疋田が言い返してきた。
「去年の合唱コンクールの時みたいなことがあったら、手が回らないよきっと。あの時は古川さんがいたからなんとかなったけど、また同じことになったら大変だよ」
「あれは特殊な場合だ。普通は起こらない」
「未来は見抜けないよ、藤沖くん。今までだって評議の仕事ってほとんどが古川さんの担当だったじゃない。応援団優先せざるを得ない状況というのは私たちもわかってるつもりだし、別に責めたりしないけど、やはり実質評議が誰もいない状況ってのは、怖いと思うなあ」
「俺はきちんと仕事をしてたぞ」
思わずかみつきそうになる藤沖を、麻生先生が制した。
「藤沖落ち着け。疋田もクラスのことを考えての提案だろうが、今の発言は去年ずっと真面目に評議と応援団を両立させてきた藤沖に失礼じゃねえか。あやまっとけよ」
「言い方が悪かったらごめんなさいです。最初の目的にもどっちゃいますけど、でも、今女子評議がいないってのは、いろいろ面倒だと思うんです」
「面倒といわれてもなあ。誰やるんだいったい」
なんとか黙らせようとする麻生先生の思惑が透けて見えるのだが、疋田には通用しないようだった。胸を張って答えた。
「一学期だけなら、私が規律と評議掛け持ちしますよ。えっとその理由なんですが」
疋田はゆっくり付け加えた。
「規律委員会ならたぶん立村くんひとりでもなんとかなるし、私が評議かけ持って手に余すことがあっても、元評議委員長やってた立村くんが手伝ってくれると思うので、結構余裕だと思ったからなんです。どう?」
クラス全員が息を呑んだように見えた。
念のため乙彦は前の席にいるはずの立村を覗き見た。
取り立てて驚いているようには見えず、ただぽかんと疋田を見つめているだけだった




